第17話 裁判をするぞ 

「だいたい事故の直後に、すぐ車から出てこなかったのはなに? 怪我人の救済処置なんか全然しようともしなかったし、保険を使って全部直すって言ったくせに。もう、徹底的にやってやる」


 姉は自分が加入している保険会社と調整して、弁護士特約を使うことにした。


「私は被害者。相手は加害者よ。加害者が被害者を訴えるぞって。それが嫌なら7対3にしてやるから感謝しろって言ってるのよね。裁判って言えば私がビビルって思ってるのよ。こうなったら私が先に訴えて、あいつを被告にしてやる」


 女性は、特に『原告』『被告』という呼称にこだわる傾向がある。

 それは刑事事件などで犯罪者が被告人として裁かれる場面がよく報道されるからなのだが、民事に於ける被告と刑事に於ける被告人とは違うのだ。


 刑事訴訟で公訴するのは検察官で、検察官に訴えられた人を被告人という。


 一方被告とは、民事訴訟を起こされたものをいい、一審のときだけ用いられる言葉で、人に限らず会社や形態をも指す事がある。

 

 何はともあれ、姉は保険会社が紹介してくれた弁護士事務所に行った。


 初めは僕が勤めていた事務所にしようと思ったらしいのだが、その事務所が近いことと親子でやっていて、「老先生のものの言い方がもの凄く横柄だから」と言うことで気に入って決めたようだ。

 で、何と言われたかというと、「民事は書面で争うから時間がかかるけど、あんた途中で投げ出さないか。途中で7対3になるならと言うことでさっさと和解するなら最初から裁判なんかやめて今のうちにそれで手を打て。儂らの苦労を吹き飛ばすな。最悪7対3になってもいいという覚悟があるなら引き受ける」と言ったらしい。


 その傲慢なものの言い方は腹が立つけど、それが相手に向かって放たれるならそれだけでもストレスが減る。ということなのだが、僕はそれを聞いて、最初から負けたときの布石を打っているような気がしていやな気分がした。


 姉は「もう、過失割合の問題じゃないの。相手の態度に腹が立つんで、あの人にキャンって言わせたいのよ」という。


 姉も解ってない。

 勝敗は紛れもなく過失割合の問題なのだ。


 相手のBは、7対3ならほくそ笑み、8対2なら、まあまあ。9対1でまあ、こんなものかと納得するはず。


 相手にキャンと言わせたいならそれこそ修理費用に代車費用。その上に弁護士費用と金利をどかんと乗せて、100対0を勝ち取らなければBは鳴かないのだ。

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