第12話 名誉毀損

 緋糸がプンプンと怒って、学校から帰って来た。


 家に帰る途中でこちらに寄るときは、大抵、学校で面白くないことがあった時だ。


 悪口を言われたという。


 先生に告げ口をしたと言われて、皆から卑怯者のように言われたのだという。


 事実は先生の質問に答えただけなので、それは告げ口とは全く違うと、一応は言ったらしい。だが腹の虫が治まらない姪は、名誉毀損だと気炎を上げる。


 そう言えば、この家族からよく名誉毀損で訴えるという言葉を聞くが、多分にこれは家長である 義兄の影響だと思われる。


 確かに 義兄は国家公務員なので、竹馬の友と酒を飲んだのを、業者との何かがあったように周辺に言われるのは公然性があるし、個人の問題を公共の問題にスリ変えてデマを流されるのは、刑法230条に該当する。


 だからそう言った者に友人との関係を説明して、最後にひと言「名誉毀損になる場合がありますよ」とアドバイスしたら、詫びてくれた。というのはセーフなのだ。


 しかし姉の場合は、スーパーの特売を教えなかったとか、知ってるものだと思ってたとかの、笑い話にもなるようなレベルなので、実際に告訴する気が無いのに名誉毀損で訴える。といえば、その言葉自体が脅迫になるという問題になる。

 これは本当に告訴するのであれば使用権を行使する警告であり、本気で告訴する気も無いのに言えば、脅迫になるということだ。

   

 姪の場合は、虐められたと解釈すれば告訴の権利があることになる。

 それで告訴してどうしたいのか、よくよく訊くと「私を卑怯者と言った奴らを裁判の法廷に呼びつけて、裁判官に叱って欲しいし、私に謝れと命令して欲しい」という。


 こんな風に、自分が正しいのだから、裁判官は解ってくれて、必ず自分に味方してくれる。自分が勝つと思っている人は意外に多い。


 誤解を恐れずに言うが、裁判官は決して正義の味方では無い。そもそも、正義というもの自体、見ようによって変化するし、裁判の場ではどこかに行ってしまうのだ。


 名誉毀損に限らず、法に訴えるという言葉はよく考えて使うべきだ。

 そして訴状には目的を明確に記す必要があるから、自分が逸失した利益は何か。それをどう回復したいのかを突き詰めていく。

 すると、自分の人生の中に占める名誉の割合だとか許容値だとか、そんなものが浮かび上がってくる。

 そこまで考えたのなら、僕は断固として訴訟に踏み切るべきだと思う。名誉を守るということは、自分の存在価値を守ることにもなるからだ。


 その事を知る機会が、姉の人生に訪れた。

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