第41話 判決そして結審 

 ところで、こちらの動きを知ったBの代理人は、早速自分たちも控訴状を提出しました。 

 1審の判決、7割対3割を不服として、6割対4割が適当である。という文面です。


 Bの代理人のJ先生は、なかなかこまめに働きます。頼むならこういう先生に頼むべきでしょうね。

 でも、このカウンター控訴は大した意味がありません。我々の控訴理由を読んでそれにイチャモンを付け、1審の7対3の既得権を守ろうという意味での控訴ですから、なんの新事実もありません。それなら我々は控訴理由書を提出期限の直前に出せば良いのです。

 そうすると相手は(我々の出した)控訴理由書を読んで、検討し、的確な反論をする文書作成の時間が無くなります。

 相手は当然提出の期限を延ばしてくれという申請は出すでしょうけど、それにしても我々が提出しようとしている証人の特定はできないはずです。


 実はBの陣営としては、この証人を最も警戒すべきなのです。


 何故なら――AとBは車の後先について、まったく別の反する主張をしていますよね。

 AはBが後ろから来て追突された。一方Bは、自分が前にいて車線を変えようとして接触された。と言っています。

 通常であれば、傷の形状からどちらの主張が正しいか判断出来るところ、双方ともアジャスターを立てて、うしろから宛てられた傷だと言い張りました。

 ですから傷についての裁判所判断は、Aの主張が正当であるとは思えるが、そうすると事故現場が西に大きく移動することになりBの主張と著しく離れるので、その証拠はなかったことに……。と言うことでした。

 なんじゃそりゃ。ですね。でもあるんです。こういう判らないことは無理に採用せずに無視するってやりかたが。


 そこで我々は、今回Bが主張して判決で認められた殆どの内容について反論を唱え、Bが何故虚偽の主張をしたかという、動機の解明とそれを裏付ける証人の存在を用意しました。

 

 この証人は個人情報と、証人保護の観点から守られ、裁判官が場を調整し、裁判官だけが接見し納得すれば公開しなくてもよい。ということになっています。


 これで証人は裁判官に対して、『Bは以前から車を運転中にスマホを操作していた』と証言してくれるはずです。


 Bは職場の皆からあまり好かれてなかったのでしょうね。知らんけど。※


 実際には裁判官はW弁護士を呼び、証人の実在の確認と証言内容について聞き取っただけでした。

 覚えている人もいるでしょうが、これが以前言ってた『裏技』なんですね。

『裁判官が納得しているので』これでは反論の糸口が掴めないので、かなり有効な使い方ができます。

 だから、でもないのでしょうが、B代理人が面白い反論をしてきました。

 1審で無視された、『Aの主張が正当であるとは思えるもの』の、確証を得るに至ってない。というやつをいじることにしたようです。

 Aの主張の『思えるものの』の正当性を崩せば体勢がBに傾くと考えたのですね。


 Aの右サイドミラーが前方に折れ曲がっていたことについてです。

「Bは車線変更に際してアクセルを踏んだので瞬間的にAの車速を上回った。この時にAのサイドミラーが前方に折れ曲がったのである」と主張しました。

 相変わらず、見た訳でもないのに言い切ります。ですが、はいっ『自爆』ですね。


 \(^O^)/責めるぞーと思う僕は間違い無くSだなと、このとき思いました。


 ① 『Bの車が世界に誇る高性能スポーツ車である事は認めるものの、(Bの車、86のカテゴリーはスポーツカーですが勿論皮肉です)停止直前の速度からA車と接触する1~2秒、数メートルの距離で、A車を追い越す50キロ以上の加速がなされ、また瞬時に速度を落とす能力がある車ではない』

 

 ② しかしながらB代理人が認めたとおり、Aのサイドミラーは間違い無く、後方から前方に向けて曲げられた上で強く押しつけられたことが印象されているのであって、ピラーにつけられた四角い筐体の痕跡は圧迫痕であることをBは認めた。


 ③ 他方、Bのミラーの痕跡はAのミラーによって印象する擦過痕であることから、Bの車が後方から前方に走り抜けた事をABともに認めたので疑いはない。


 以上により、B車が瞬時に加速したとする主張は失当であるものの、A車の右サイドミラーを前方に押し曲げた原因がB車であることがBの主張によって明白になった。


 という締めで、いよいよ判決を迎えました。

 

 主文は以下のとおり。


 1 1審原告の控訴に基づき原判決を次の通り変更する。

  1審被告は1審原告に対し、20万4000円及びこれに対する。平成〇〇年から令和〇年の支払い済みまで、年5%の割合による金員を支払え。

 2 1審被告の控訴を棄却する。

 3 控訴費用は、1審、2審とも1審被告の負担とする。


 つまり、全額Bが支払えということで、完全勝訴です。


 裁判所には拍手の嵐とクラッカーが鳴り響き花火が打ち上げられたりはしませんし、愛宕師及び読んでくださった方への時給も出ませんが、判決書はこのあと事実及び理由が縷々るる述べられます。

 ただ注目すべきは主文を構成する事故態様がAの主張する後ろからの追突ではなく、Bの主張する事故態様であったことです。


 控訴審では、Bの事故態様に於いて、Aは、右車線の車列から車が飛び出してくるのを予測はしても徐行する必要はなく、従ってBの急な車線変更による直進車妨害は明らかであり漫然と運転していたとは言えない。また、A車が高速で運転していたという証拠はなくAの過失はない。と理由付けられていました。

 

 これは、Aの主張を採用するためにはBの自白と用意した証人の存在を明らかにしなければならないこと。

 それに加えて以前、高裁が7対3を10対0に変えた判例の、優先道路を通行する車両には注意義務はあるものの徐行は義務づけられていないとした判決に則ったものだと思われます。

 流れている方の車線を優先道路に見立てたわけですね。しかも、Bの主張する事故態様においての理由付けですから、これで相手の反論の糸口は完全に無くなりました。

 

 何はともあれ結言です。

 

 以上により1審原告の請求は理由があるから全部認容すべきところ、これを一部棄却した原判決は失当であって、1審原告の控訴は理由があるので、原判決を主文第1項のとおり変更し、1審被告の本件控訴は理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。


 ということで、結審しました。

 めでたし目出度し。

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