第42話 ちゅっ♡

 三上はなんの気なしに言ったのだろうが、すぐにハッとして口元を両手で押さえた。


「どういう意味だ」


「な、なんでもない……」


 そのわかりやすい反応。


 バレバレなんだよ。


「お前、まさか……」


「……」


 三上の口から、縁結びという言葉が飛び出し、俺はすべてを察してしまった。


 間違いない。


 夏祭りの夜。プレハブの窓から外に出た三上は、俺と結奈の話を聞いていた。

 でなきゃ、こいつが俺の縁結び活動を心配するはずがない。少なくとも、なにも知らないやつの言葉じゃない。


「聞いてたのか?」


 三上は黙って唇を噛んでいる。目が白黒している。おそらく、なにか言い訳を考えているんだろう。


「聞いてたんだよな」


 俺はここ最近の三上の言動を思い返していた。

 橋本からの誘いを無視し、玉城に理不尽な暴言を吐き、学校では常にひとり。


「お前、わざと玉城に嫌われようとしたな」


「そ、それは……」


 三上はバツが悪そうに、チラッと俺を見た。白いシャツにポタポタ汗が滴る。


「三上がいると玉城の縁結びの邪魔になるって、結奈の話を真に受けて、玉城から距離を置いたってところか」


「だって……」


 三上は目に涙を溜めて言った。


「私が近くにいると、あいつらの友達が減るじゃない。なのに、あいつら、私にかまってくるから……もう嫌われる以外にないと思って……」


 今にして思えば、三上の玉城たちに対する態度には違和感があった。それなのに、俺は三上の性格から来るものだと勝手に決めつけて……。


 気づかなかった自分を責めたくなる。


「ったく、お前なぁ……」


 俺はため息混じりに、シュンとうつむく三上の膝と距離を詰める。


「玉城も橋本も、そんなことは気にしてないんだよ。結奈の言ってたことなんて、なにも知らないやつのデマカセだ。そんなの信じてんじゃねぇよ」


「それは、そうかもしれないけど、あいつらみたいなリア充には、私なんか……」


「あいつらは、お前だから友達になったんだ」


 三上はゆっくりと近づく俺を、所在なさげな表情で見下ろす。


「考えてもみろ。クラスで浮いてるクソみたいな性格したやつと、わざわざ付き合ったりするか? そんなやつとつるんでもなんの得にもならない。それでも、一緒に夏祭りにも行っただろうが。あいつらは、お前が本当はいいやつだって知ってるから……お前が好きだから友達なんだよ」


「そんなの、あり得ないって」


「あり得るさ」


 そんなこと、説明するまでもないと思っていた。いや、三上も頭では理解していたのかもしれない。


 それでも、三上がふたりから距離を置いてしまったのは、おそらく自分に自信がなかったから。


 友達もいなくて、誰からも好かれなかった三上だから。


 その上、友達思いで変な気を遣って……。


 お前、どんだけバカなんだよ。


 三上に憤りを感じずにはいられない。それなのに、同時に愛おしさもこみ上げてくる。


 俺は三上の膝の上に乗った。


「ちょっ、なによ、あんたっ」


「黙れ」

 

 まっすぐなウサギの眼光に、騒ぎかけた三上の動きが止る。




「俺だって、お前が、好きなんだ」





 自分でも、驚くほど簡単に、あっさりと気持ちがこぼれた。


「えっ……」


 三上が微かに声を漏らす。


 その潤んだ瞳は、膝の上にいる俺を見つめている。


 俺はというと、体温がジワジワ上昇していくのを感じていた。さっきまでなんともなかったのに、いざ「好き」と口に出したとたん、心臓が深く鼓動を刻みだした。

 こりゃ、人間姿のままだったら顔真っ赤だろうな。もしかして、ウサギでも全身ピンクに紅潮していたりして……。


「ちょっ、待って、ええぇ……」


 なんて、俺が悶々としていたら、三上が驚愕の表情でうめいて、


「……い、今、なんて?」


 かわいらしく首をかしげた。


 おい、もう1回言わすとか、鬼畜かよ。


「だから、好きだって言ってんだよ」


 でも、動じてないアピールのため、もう1度告白する。実際は心臓バクバクで呼吸が苦しい。


「ええぇぇぇ……」


 三上は両手を頬に添えて、顔を真っ赤にしている。


 急にかわいい女の子になるな。その乙女ポーズは今の俺に刺さる。


「いきなり、なんなのよ。えっと、そのぉ」


 目をあちこちさせて悶える三上。かなり困惑している。俺の告白を受け入れるか否か、返事をするか否か、返事をするならどう言うか、おそらく、三上の脳内CPU使用率は120パーセントといったところだろう。


「あぁっ、もう!」


 しかし、三上は突然、俺の横腹を掴み上げ、




「……っ!?」




 ウサギの小さな口にキスをした。


 汗でベタベタになった三上の顔。強烈な甘酸っぱい香り。

 

 密着したかと思うと、反発する磁石のように離れていった。


「……三上?」


 宙ぶらりんの後脚に帯びるふわふわした浮遊感。正直、放心状態で、一瞬、なにが起こったのかわからなかった。下半身体が無重力空間に浸されているみたいだ。


 目の前で、のぼせきっている三上を見る。


 あまりにも短い口づけ。


 そのやわらかな感触は、ほとんど記憶できなかった。むしろ、本当に触れたのかもわからないくらい。思い出そうとしても、消えてしまう感覚。


 三上のつやっとした唇。


 ふんわりと薄く膨らんでいる。あれが俺の口に……。


「と、とりあえず、そういうことだから」


「そういうことって、なんだよ」


「その、あんたが、私のこと、す、好きって言うから……」


 視線をさまよわせ、唇を尖らせる三上。


 なるほど。好きと口に出すのは恥ずかしすぎるし、かといって、俺の告白に対して返事をしないのは気が引ける。選んだのは、言葉にしなくても好きと伝わる方法ってことか。


 俺としては、かなりうれしい選択だったんだけど、おそらく、このウサギ姿がずいぶんとキスのハードルを下げたわけで……。


「てめぇ、ずりぃんだよ」


「は、はぁ? なにがよ!」


「かわいいウサギにキスなんて簡単だろ。目つぶったらなおさらわかんないし」


「それはしょうがないじゃないの。あんたが今ウサギなんだから」


「じゃあ、今度は、人間姿のときにやれよ」


「うっ……」


 三上の眉が急に下がる。モジモジしながら俺から目をそらし、


「……うん」


 コクリと小さくうなずいた。


「お、おう。頼むぞ」


 素直すぎる三上に、俺はタジタジ。


 お前、それは別の意味でずりぃんだよ。


 そこは、恥ずかしながら断るとこだろうが。なんで「うん」なんだよ、ツンデレのくせに。ツンデレは、ここぞってときは気持ちと反対のことを言うんだよ。


「ま、まぁ、つまり、お前はもっと自信を持てってことだ。その、俺がお前を好きなように、玉城や橋本だって、お前が好きで友達になったんだから」


 俺は照れ隠しも含めて、早口で言い切った。めちゃくちゃ声が震えている。


「わ、わかったわよ」


 三上はそっぽを向きながら、俺をゆっくりと床に降ろした。ようやく地に足ついて、現実に戻ってきたような感じだ。


 ガシャン!


 すると、タイミングよく解錠音が倉庫内に響き渡る。


「おっ、噂をすれば……」


「な、なに?」


「玉城の件はもちろんだけど、俺はお前の救出だってちゃんと手配してあるんだよ」


「じゃあ、助けが来たってことね!」


 ゴロゴロと音を立てながら滑走する鉄扉。爽やかな風がびゅうっと入ってくる。


 俺たちは顔を見合わせ、弾むように駆け寄った。


 扉の隙間から差し込む光へと……。


「ちょっと、三上!」


 しかし、残念ながら現れたのは、件の女子たち3人だった。

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