第46話 見ろおぉぉぉ!

 さっきの3人が仲間を連れてきたのか。


 しかも、騒ぎを聞きつけたギャラリーが倉庫の周囲に集まりつつある。


 ほんと最悪のタイミングで戻ってくんのな、こいつら。


 頼むから、少しは余韻に浸らせろ……。


「まだいたんですか。てっきり、帰ったのかと思ったんですが」


 すると、玉城が威圧感をたっぷり纏い、先陣切って一歩踏み出した。


「あれ? 玉城さん雰囲気違くない?」


「そうですね。普段は親しみやすいキャラクターを演じてますから」


「ふぅん、本当はどんなキャラなの?」


「自己中で、すぐに人をバカにする。クソみたいなキャラですよ」


「へぇ、やっぱりぃ」


「さっき、ちょっと変だと思ったんよね」


 女子たちがニヤリ。「動画撮ろうよ」とか、コソコソと相談している。


 玉城、大丈夫か……。


 その低い声は、あきらかに普段の外向き用ボイスと違う。


 こんな大勢の前で、本性をさらけだすのか。今にもその口から暴言が飛び出しそうでハラハラする。三上と橋本も、その雰囲気を察してか、心配そうに玉城を見守っている。


「あと、噂になってますけど、私、超美人なので」


「そうなんだぁ。見せてよ」


「嫌ですよ。あなたたちみたいなブサイクに、ますます妬まれますからね」


「ちょっ、章子ちゃん……」


 見かねた橋本が玉城の肩を掴むが、もはや手遅れだ。女子たちが「は?」と眉をしかめ、一気に空気がピリついた。


「あんたって、そんなやつだったんだ?」


「いつもは猫かぶってますから。性格に関してだけは、私もかなりブサイクですよ」


「なによ、優等生ぶってるくせに、ほんとは超嫌なやつじゃん」


「ええ、でも、もう隠すのも疲れました。本性も素顔も隠してうまくやってきたつもりが、こんな騒ぎになってるんですから」


「ふーん。それで三上と仲良いわけ? 嫌なやつ同士気が合うってこと」


「いや、三上さんは良い人です」


 さも当然のようにこたえた玉城だったが、


「あんた、それ本気で言ってんの? 嘘でしょ。目腐ってるよ」


「三上みたいなクソが良い人なわけないじゃんか」


 大笑いされた。


 悔しいが周囲の三上に対する認識はそのレベル。三上は申し訳なさそうに肩を落とし、ていたけど、それを見た橋本が口を開く。


「それは、お前らが三上のことをよく知らんだけや」


 今度は、大きくも短いため息をついた玉城が続ける。


「確かに、三上さんはクソかもしれません」


 黙って話を聞いていた三上が「おい」とジト目でツッコむ。


「でも、少なくとも、あなたたちよりは善良な人ですよ。三上さんがクソだとしたら、あなたたちはビチクソですからね」


「んだと!?」


「ビチクソのくせに、三上さんのことクソ呼ばわりしないでくれます?」


「おい、調子乗んなよ!」


 女子たちがざわつく。


「……ねぇねぇ」


 一方、玉城の背後で、三上が小声で橋本に耳打ちする。


「なんか庇われてるみたいだけど、全然うれしくない」


「まぁまぁ、あれも章子ちゃんなりの照れ隠しやろ」


 汚ねぇ照れ隠しだな。


「おい、ちょっとこいつ抑えて。今すぐ、その前髪取っ払って、ブサイクな面を晒してやる!」


 響く怒号。


 あれだけ煽ったのだ。ブチギレ必至。

 いや、そもそも先にブチギレてたのは玉城の方か。


「やれるもんなら、やってみなさい! 私も容赦なくあなたたちのブサイクな面を潰しにいきますよ」


「うるさい! 絶対あんたの髪切ったる!」


 ガチガチと拳を突き合わせる玉城だが、女子の軍団がじわじわとにじり寄る。


 絶体絶命。


「しょうがないわねぇ。私も手伝ってやるわよ」


 すると、三上がやれやれと腰に手を当て玉城に並ぶ。


「おもしろなってきたやん! うちも加勢したるわ」


 同じく、橋本もラケットを肩に担いで胸を張る。


 これ、なんてヤンキー漫画? 

 相手何人いると思ってんだ……。


「そっちは任せましたよ」


「私がこんなビチクソどもに負けるわけないでしょ?」


「章子ちゃんの前髪は渡さへんで」


 いつの間にか四方を囲まれる3人。まるで女戦士みたいに背中合わせで語り合う……。


 って、カッコつけてる場合か! どう考えても多勢に無勢なんだよ!


 俺が心の中で叫んだ次の瞬間、相手が一斉に飛びかかる。


 3人は服を引っ張られながらも、がむしゃらに抵抗する。もはや、敵も味方もなくもみくちゃ状態だ。女子には似合わないドスの効いたわめき声が、倉庫全体に轟く。

 

 ああっ、もう収集がつかない。


 今は必死で交戦している三上たちだけど、このままいけば、確実に負ける。数が違いすぎるのだ。


 3人ともボロボロにケガして、あげくの果てに、玉城は前髪を失うだろう。そしたら、トラウマを抱える玉城は学校に来なくなるかもしれない。三上や橋本だって、大きな傷を抱えることになる。


 俺は脚に力を込める。


 こいつらに、そんな思いはさせない。


 はぁ、さっきは助かったと思ったんだけどなぁ……。


 俺はぬるい風を身体に感じながら、最低限の準備をする。ここが体育倉庫でラッキーだった。

 

 さて、最後の仕事だ。この代償はでかい。


 覚えとけよ三上、玉城、橋本。




「見ろおぉぉぉ!」





 俺は跳び箱の上に立ち、全力で叫んだ。


 ピタリと止む喧騒。


 しかし……。




「キャアァァァ!」




 すぐに甲高い悲鳴が飛び交った。


 みんな一体どんな表情をしているのか。顔を隠している俺からは見えない。ただ、みんなの目にはしっかりと映っているはずだ。


 カラーコーンを頭に被り、股間を手で押さえた全裸の変態が……。


「変質者! 変質者よ!」


「大丈夫? 立てる?」


「やっぱり、さっきの気のせいじゃなかったんだ」


「早く先生呼んできて! 早く!」


 倉庫内はすでに恐怖で怯える女子の声で充満している。


 もはや喧嘩なんてしている場合じゃない。


 そんな阿鼻叫喚の中、近づいてくる1つの足音。周囲から「三上やめとけ!」とか「危ないから下がれ!」とか怒鳴り声が聞こえる。


 どうやら、三上は俺の意図をちゃんと汲んでくれたようだ。


 まぁ、これで死ねたら本望か……。


「くたばれ! この変態!」


 腹に靴越しの衝撃。


 俺は無様に散った。

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