第45話 本当の友達
「まったく、大変な目に遭ったわ」
三上がパンパンとケツをはたきながら、立ち上がる。
「三上さん、髪が……」
「いいのよ。これくらい」
「せやけど、怖かったやろ?」
「……全然、あいつらなんか、大したことないわよ」
それが強がりであることは、未だにこわばった顔と微かに震える手を見ればあきらか。
「心配しましたよ」
「そうや。三上が乱暴されとるんちゃうかと思って」
「……だったら、もっと早く来なさいよ。あんたら、助けに来るのがおっそいのよ」
「確かにそうですね。でも、それに関しては三上さんも悪いと思いますよ?」
「はぁ? なんでそうなるのよ」
玉城が三上に1枚のメモ用紙を差し出す。
目を丸くする三上。
『教室に戻るな。悪い女があんたを待ち伏せしている。橋本かすみと一緒に来て! byウサギ』
もちろん、俺が書いた。三上が連れて行かれたあと、委員会終わりの玉城にウサギ姿でこの紙を渡しに行ったのだ。当然、玉城たちは三上が書いたと思っているだろうけど。
床に大人しく座っている俺を見て、ため息をつく玉城と橋本。
「ウサギさんを使って助けを求めるのはいいですけど、場所は書いてください」
「おかげで、章子ちゃんと学校中を探すはめになったわ」
場所を書き忘れるなんて、俺、相当テンパってたみたいだ。でも、ふたりが三上のために、学校中を走り回ってくれたのはうれしい。
「それ、私じゃないし」
「いや、三上さんでしょ」
「章子ちゃんのピンチを教えてくれたんやろ? そんなに照れやんでも」
「照れてないって……」
三上が真っ赤になって反論すると、玉城も橋本も口元に手を当てて笑った。その様子を小さくなって見ていた三上だったが、やがて静かに深呼吸して口を開いた。
「……あの」
玉城と橋本が「ん?」と三上をのぞき込む。
「……その、こないだは、ごめん」
蚊の鳴くような声。
ふたりが自分のことを助けに来てくれて、優しい三上は謝らずにはいられなくなったのだろう。縁結びに巻き込まれたとはいえ、この前、玉城にひどい暴言を吐いてしまったことを……。
「もういいですよ」
貴重な三上の謝罪に対し、さらっと冷たい玉城。緩く結ばれたその口元を見る限り、本当はうれしいのに、無理してクールを装っているようにも見える。
「確かに、あのときは超ムカつきましたけど」
「章子ちゃん、三上と弁当食べるのめっちゃ楽しみにしてたもんな」
「ちょっと、かすみちゃん!」
一転、玉城が声を荒げて橋本の背中をバシッと叩いた。
「三上が昼休みにいつもひとりでお昼食べとるからって、手作り弁当まで用意して」
顔が赤くなっていく玉城の隣で、橋本の暴露が止らない。
「あの日、章子ちゃんに怒られたもんなぁ。うちが教室でみんなとご飯食べよって誘ったせいで、章子ちゃんは断れなくなったってな。本当はすぐにでも三上と校庭に行きたかったっていうのに……」
「かすみちゃん、あとで覚えておいてくださいね」
「うわっ、こっわ」
玉城は低い声で橋本を諭す。
一方、三上はそんな玉城を、おそるおそる見上げていた。
「ほんと、なの……」
「ちょっと、三上さん、勘違いしないでください。私はね、ただ、クラス委員として、あなたに友達がいないから、こうして……」
「……ごめん」
三上の目から大粒の涙がこぼれ落ちる。
「ごめんね、私、ひどいこと、ごめん……」
玉城がそこまで自分のことを気にかけてくれていたと知り、後悔や申し訳なさ、うれしさなんかが一気に押し寄せてきたのだろう。
「三上さん……」
すかさず、三上の背中をさする玉城。
「なんですか、あなたらしくもない」
「だって、だって」
三上は止めどなく流れる涙を手の甲でぬぐうばかり。それでも追いつかず、こぼれた分があごを伝って滴り落ちる。
「わかってますよ。本心じゃないってことくらい」
玉城がメモ用紙をヒラヒラ。
「でなきゃ、私を守ろうとして、髪まで切られるはめにはなりませんからね」
「どうせ、うちらに気遣ったんやろ。あのときはムカついて怒ったけど、違和感すごかったから、あとで章子ちゃんとなんかおかしいなぁって言うとったんや」
泣きながら、コクコク頷く三上。
「もう泣かんで、ええんやで」
橋本が笑って三上の頭を撫でると、やわらかい栗色の髪がとかれていく。
良かったな、三上。お前のこと理解してくれる友達ができて……。
「ほんと、三上さんはバカですよね」
「まぁ、うちらはクラスの中心やでな。気後れするんもわかるけど、あれはないよなぁ」
やわらかい口調で諭すふたりに、三上がグシャグシャな顔を上げる。
「うっ、うっさい。あんたら、だまっ、黙りなさい……」
「号泣しながら、いつもの調子に戻るのやめてくれません?」
「あかん、なんか、かわいそうなってくる」
玉城と橋本が笑みをこぼし、さらりと目尻をぬぐうと、三上もそれに釣られるように、むずむずと口を動かし苦笑した。
「でも、来てくれて、ありがと……」
硬直する玉城。目を見張る橋本。
その瞬間を切り取ってしまいたいような響きだった。
このときばかりは、俺も三上の親になったかのような気分。せっかく仲良くなったふたりから離れてしまい、すっかり自信をなくしてしまった三上。
玉城と橋本が真の理解者だとわかったとき、本当の意味で心を開くことができたのだろう。
成長したな、三上……。
なんて感慨にふけっていたら、三上と一瞬だけ目が合った。
思わずドキっとしてしまったが、
「かすみちゃん、三上さんが気持ち悪いです」
「ほんまやな。マジで熱でもあるんちゃう?」
ふたりの冗談にかき消されてしまった。
おい、お前らもうちょっと余韻に浸れよ。
「なによ! 人がせっかく素直になってあげてるっていうのにっ」
たまらず怒り出す三上。すでに涙は乾きはじめている。
「あら、泣き止んだら、それはそれで面倒くさそうですね」
「ふんっ、泣いてないし」
「お前、それはさすがに無理があるやろっ」
「泣いてないからっ」
「でも、うち、さっきのありがとうには、ちょっとドキっとしたわ」
「確かに。それは否定できませんね」
「三上、もう1回言って?」
「嫌」
「なんでや」
「2度と言わない」
「チェっ、ケチンボ!」
「人のことちんぽ呼ばわりすんなっ」
「こんなとこで男性器の話はやめましょうよ」
「いや、ちんちんの話なんかしてないっての」
橋本がペチっと玉城の肩にツッコミを入れた。
沈黙。
「ぶっ!」
たまらず、3人が吹き出した。
クスクス漏れる笑い声。
キラキラした笑顔。
俺は感極まって逆に泣きそうだった。三上の友達づくりを手伝ってきて報われた瞬間だと言える。
まぁ、最後に笑顔を引き出したのが、ちんこだったというのはご愛嬌。
目を細めて腹を抱える三上。
その満面の笑みは、本当にかわいい。
ああっ、こいつらの幸せそうな姿。いつまでだって見ていられる……。
「お取り込み中、ごめんねぇ」
しかし、そんな和気藹々とした空気に、水を差す冷めた声。
「いっぱい連れてきたから」
倉庫の入り口に、見知らぬ女子がずらりと並んでいた。
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