第44話 ふたりが来た

 バシィィ!


 その瞬間、鉄の扉になにかが叩きつけられた。


 まるで時間でも止ったみたいに、みんなが一斉に倉庫の外へと体を向けた。


 地面を転々とする白いテニスボール。その先にふたつの人影。


「あら、こんなとこで、なにやってるんですか?」


「なんか、楽しそうやなぁ」


 腕を組む玉城と、ラケットを担いだユニフォーム姿の橋本。


 逆光の西日がふたりの顔に影を作り、穏やかな風がその髪をさらさらと揺らしていた。


「あんたら……」


 呆然とする三上は気が抜けて放心状態。


 一方、三上を囲む女子たちは、第三者の登場に困惑を隠しきれない。それぞれ顔を見合わせて「やばい」とか「どうする?」とか小声で相談している。


 そのころ、俺はというと……。


 あっぶねえぇぇ!!!


 フリチンで跳び箱の影に身を潜めていた。


 玉城と橋本が来てくれたおかげで、全員倉庫の外を見ていた。幸い、俺の変身を解いた姿が視界に入らなかったのだ。


「あれ? ウサギは?」


「っていうか、さっき、誰かいなかった?」


「その、全裸の男みたいな……」


「いや、さすがに気のせいでしょ」


 不思議そうに首をかしげているやつら。

 感謝するぜ、玉城、橋本。まさに九死に一生を得たと言っても過言ではない。


「うわっ、倉庫暑いじゃないですか」


「邪魔するでぇ」


 そうこうするうちにも、颯爽とこちらに歩み寄る玉城と橋本。


「ちょっと待って! 玉城さんと橋本」 


 ところが、やつらのひとりが三上の前に立ちはだかり、その行く手を阻んだ。


 まさか、前面衝突する気か……。


「この三上はね、玉城さんの髪を切ろうとしてたの!」


 もっと最低だった。


 この状況で露骨に喧嘩をふっかけてこないのは、体育会系の橋本がいるからだろう。そこで、三上に罪をなすりつけることで、この場を凌ごうという魂胆に違いない。普段からイメージの悪い三上を利用した嫌な手段だ。少なくとも、三上をよく知らない人が聞けば、すんなりその嘘を信じかねない。


「私らも三上に脅されてたんだけどね」


「やっぱり、玉城さんに悪いし、私らで先に三上を……って、ちょっと!」


 しかし、玉城も橋本もスルー。


 三上の悪事を力説するやつらを完全無視。今にも反論の声を上げそうだった三上の前に、そっとしゃがみ込んだ。


「大丈夫ですか? 三上さん」


「遅なって、悪かったな」


 三上は借りてきた猫みたいだ。ふたりがなんの迷いもなく自分の元へと来てくれたことに戸惑っているのかもしれない。


 あいつらが、あんな嘘に惑わされるわけないのに……。


「って、どうしたん、その髪!?」


「あの人たちに切られたんですね」


 三上の髪を見て驚くふたりだったが、背後から再び茶々が入る。


「三上が玉城さんの髪を切りたがってたから、私らが三上の髪を切ってあげたの」


「自分が痛い目みないとわからないからね」


「そうそう。三上みたいなやつにはこれくらい……」


「お前ら、ほんまにうっさいな!」


 たまらず、橋本が立ち上がって怒鳴った。


「嘘もバレバレやで。どうせ、お前らが章子ちゃんの髪を切ろとしとったんやろがっ!」


 ラケットがビュンビュン風を切る。


「しかも三上の髪まで切って、ほんま許せへん!」


「わかった、わかったよ」


「ごめん、橋本」


「私らが悪かったって」


 あまりの剣幕に、女子三人はすっかり怯んでしまい、苦笑を浮かべて後ずさり。そのまま倉庫の外へと逃げていく。


 無理もない。キレた橋本は腕の筋肉を隆起させ、今にもラケットで殴りかかりそうな勢いなのだ。


「ふふっ、ざまぁ見ろって感じですね」


 そんな様子を見ていた玉城が、ボソッとつぶやく。


 おい、素が漏れてるぞ。


 それが聞こえたのか、やつらが一瞬だけ振り向き、訝しげな表情を浮かべた。


「はよ、消えろや!」


 しかし、殺気立った橋本の眼光にあっさり追い払われる。


 やはり、怒らせたときのガラの悪さはピカイチだ。


「なんだか、かすみちゃんにいいところを持っていかれましたね。本当は私がブチギれる予定だったんですけど」


「いやいや、章子ちゃん、それはあかんて……」


 敵が去ってようやく一段落。穏やかな風が流れはじめた。

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