第43話 三上の覚悟、勇気のフリチン
「え……」
うれしそうにしていた三上の顔が、瞬く間に曇っていく。
「あんたなにかした?」
「玉城がこないんだけど?」
「どうしてくれるの?」
刺すような視線。
大誤算だ。こいつらがこんなに早く戻ってくるとはな。
「はぁ? 知らないわよ」
三上は即効で攻撃モードになっていた。
この距離なら、今にもデコを付き合わせてバチバチやりそうな勢い。
「あんたらこそ、なにしに来たのよ? 開放してくれるわけ?」
「そうだねぇ。玉城が来ないんじゃ、意味ないし」
つい先ほどまで、ラブラブムードが充満していた倉庫内は、今や殺気立ちこめる険悪な空気に塗り替えられた。
来るなら、もうちょっとあとにしろバカども。俺と三上のイチャイチャタイムを邪魔しやがって……。
「あっ、ウサギじゃん!」
テンションの高い声。
気づけば、足下のウサギにギラギラした瞳が向けられていた。
やばっ!
ギャルが素早くかがんで、俺をひょいっと抱き上げる。やつらに恨み節を連ねることに夢中になっていた俺は、距離を取ろうとしたけど、全然間に合わなかった。
「ちょっと、私のウサギよ! 触んないで!」
俺を助けようと手を伸ばす三上だったが、これもダメ。あとのふたりに阻まれて全然届かない。
「ねぇ、このウサギめっちゃ暴れてるよ」
「かわいそう」
しっかりと固められた腕。身動きが取れない。とりあえず、大暴れして逃げてやろうとも思ったけど、体力を無駄に消耗するのはよくない。ここは様子見。こいつらだって、さすがにこんなかわいいウサギに乱暴することはないだろうし……。
「三上さぁ、このウサギ貸してよ」
「ダメよ」
「いいじゃん、別に。あんたのせいで、今日の放課後は暇になったんだし」
「そうそう。玉城の代わりよ」
「関係ないでしょ!」
「とにかく、ウサギは借りてくから。かわいい」
俺に頬ずりするギャル。香水だろうか。強烈なシトラスミントの刺激。
しかし、これはまずい。
一同は、「今日泊まってく?」とか相談しながら、三上を残して、倉庫から出て行こうとしている。
当然、ウサギは抱いたまま。
三上宅でやらかした全裸事件の再来である。
どこかで隙を見つけて逃げ出さないと、俺はやがて体力が尽きて元の人間姿に戻ってしまう。少なくとも、こいつらの家に着くまでには、なんとかしないと……。
「待ちなさいよ!」
そのとき、倉庫を突き抜ける三上の声。
やつらが足を止め、ローファーの底がジャリっと音を立てた。
「なに? ウサギなら返さないって……」
「うるさい」
三上は相手の言葉を遮ると、武道家のようにドカッとその場に座り込んだ。
コンクリの床から、砂煙が立ち上る。
「そんなに髪が切りたいんなら、私のを切りなさい」
「はぁ?」
「その代わり、ウサギは返して」
静かに目をつぶる三上。
右手でおさげを解くと、栗色の髪がサラサラと首筋を流れた。
「いやいや、あんたの髪なんか切っても、意味ないでしょ」
「私らは玉城のブサイクな顔が見たいの」
アハハと手を叩きながら笑われるが……。
「でも、それはそれで、おもしろそう」
やつらが進行方向を変え、倉庫内へと向かっていく。
三上。なんてことを言い出すんだ。
お前だってこんなところで髪を切られるのは嫌に決まってるだろう。ただ、ウサギの秘密を守るためだけに、自分を犠牲にして……。
クソ。こんなときなにもできない自分が嫌になる。
「よし、三上で練習といこう」
「なんとでも、しなさい」
3人に囲まれる三上の頬に汗がひとすじ。
「どんな髪型にしよう」
「ふつーでいいじゃん。ふつーで」
はしゃぐ女子ども。光るハサミ。
なんとかできないか。せめて、一瞬でもいいから、人目につかない物陰に隠れることさえできれば変身して……。
ジョキッ。
考えをめぐらせていた俺の耳に、嫌な音が響く。
「おっ、結構切れるね」
「今のは試し切り」
ハッとして、視線を移す。
少し薄くなったこめかみ。
栗色の髪が、まるで花びらみたいにはらはらと落ちていく。
目を見開いた三上が、怯えたように唇を震わせていた。
なにをやってんだ俺は!
こんな状況になってまで変身の秘密に固執して、三上に守ってもらって。しかも、その様子を敵の腕の中で黙って見ているだけ。
情けないにもほどがある。
三上にあんな顔までさせて……。
もう秘密なんて知るか!
俺はここで変身を解く。変態でもなんでも構わない。
こいつらを追い払って、三上を守る!
人の腕の中で人間姿に戻る。
なんだか、ちょっと懐かしいな。
更衣室で三上に見つかったときも絶望したっけ。
いや、今はそれほど絶望していない。覚悟はできてる。すべてを失うかもしれないけれど、それと引き替えに守れるものが1つでもあるなら……。
俺はその1つを取る!
変身。
ボロン!
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