第47話 イタズラ
あたりがすっかり暗くなった頃。
俺は制服に着替えて、体育館下のトイレを出た。
まったく、ヒドイ目にあったぜ。
体育倉庫で三上にドロップキックを喰らいぶっ倒れた俺。
しかし、効果は充分で、突然現れた変質者に、みんなすっかり怯えてしまい、喧嘩どころではなくなった。
そのあと、学校中が大騒ぎになったんだけど、俺はすぐに変身して逃げ出したから、「全裸パイロン男」は未解決事件の仲間入りってわけ。
はぁ、マジで疲れた。
変身もたくさんしたし、さっさと帰って休みたい。
三上のドロップキックも効いたしな。
そんなことを思いながら、帰りの抜け穴めざして体育館裏を歩いていたら……。
予想外の人物に遭遇した。
「おい、なにしてんだよ」
小さなコンクリート階段の上。
三上が鉄扉に背中をあずけて座っていた。
「もしかして、俺を待ってたのか?」
俺はちゃかしながら三上に近づく。
まぁ、ここは俺の帰りルートだから、待っててくれたのは確実なんだが……。
「……」
返事はない。
聞こえてくるのは、「すぅすぅ」という呼吸音だけ。
これはもしかして?
俺は、三上の顔をのぞきこむ。
かわいい寝顔が、月明かりに照らされていた。
きっと、ここで俺が来るのをずっと待っていて、いつしか疲れて眠ってしまったんだろう。こんなところで、ひとり淋しく。
俺は、三上の隣にピッタリ寄り添って座った。体半分が、三上の体温で熱を帯びる。
正直、これにはかなりグッときた。本来なら、俺はひとり淋しく帰路につくはずだったのに……。
このまま、三上が目を覚ますまで、いつまでだって、一緒にいてやろう。
「……んっ」
そう思っていると、三上が俺の肩にコクンと頭をあずけてきた。
マジかよ。
三上の頬の熱が、カッターシャツを通して俺の肌にまで伝わってくる。
ドキドキ、ドキドキ。
気づけば、俺はその栗色の髪をなでていた。
立ち上るミルクティーの香り。
いつものおさげがとかれているから、細い髪の指ざわりはどこまでもさらさら。
三上は安らかに寝息を立てるだけ。
ああっ、愛おしくて仕方ない。
「……ううん」
「なっ」
すると、三上はさらにこちらへもたれてきて、コロンと俺の太ももに着地。
こいつ、どんだけ熟睡してんだよ。
ゴロゴロ、すりすり、ネコみたい。
あげくのはてに……。
「んんっ、伴修治、好き……」
寝言まで。
なんてこった。
さすがの俺も、これには顔がじわじわ火照ってきた。ドキドキしすぎて、息ができないくらい苦しいんだが……。
やるじゃねぇか、三上。
俺は三上の耳元に向かってささやいた。
「あっ。玉城と橋本」
瞳がパチッ!
「えっ! ウソ!」
バネのように飛び起きた三上は、あたりをちょこまか。体育館の陰や植え込み、夜空までも見上げてから……。
その視線は、俺の顔に行きつく。
「ウソだよ」
俺を見下ろし、キョトンとする三上。
「え?」
「だから、ウソだっつってんの」
三上の顔がみるみるうちに真っ赤になっていく。
「な、なによ! もう! もう! もう!」
それから、俺のところに来てポカポカ胸をたたいてくる。
「お前が寝たふりするからだろ」
「なんでわかったのよ!?」
「寝言がわざとらしいんだよ」
ハッと息をのんで、両手で顔を覆う三上。
「うぅ、恥ずかしいぃぃ」
実に三上らしい。
「いつから起きてたんだよ」
「えっと、その……あんたが来てから」
「ふーん、って、最初からかよ!」
ってことは、寝言だけじゃなく、俺の肩に寄りかかってきたのも、俺の太ももでゴニョゴニョしてたのも、意識下の行動になるじゃねぇか!
あの三上が、寝たふりして、俺に甘えてたって……。
「いや、かわいすぎるだろっ」
ヤベ、つい心の声が。
「ううっ、恥ずかしくて死にそう」
一方、三上は両手を頬に当てて悶絶。
まったく、こっちまで恥ずかしくなってきたぜ。本当にしょうがないやつ。
俺は立ち上がって、三上に歩み寄る。
「別に、普通に甘えてくれてもいいのに。両想いなんだから」
「それは、そうなんだけど……」
「まぁ、実は、結構、うれしかったけど」
「そ、そっか」
キョロキョロと視線をさまよわせる三上。
ああっ、じれったい。
「三上……」
俺は、そっと三上の肩にふれ、そのまま体を引き寄せる。
三上のやわらかい体の感触。
「うっ……」
三上は一瞬だけビクッと肩をふるわせたけど、すぐに俺の背中に腕をまわして抱き着いてきた。
お互いの息遣いが聞こえる距離で、俺たちは見つめ合った。
「俺のこと、待っててくれたんだな」
「うん。心配だったから」
「心配?」
「結構、強く蹴っちゃったから」
「気にすんな。ウサギは意外と頑丈だから」
やっぱり、三上はやさしい。そして、なんの気まぐれかめちゃくちゃ素直。
俺の胸がじぃーんとあたたかくなる。
「それより、お前らが無事でよかったよ」
「あんたって、ほんとおせっかいね」
「当たり前だ。これでも縁結びウサギなんだから」
あのまま俺が出ていかなかったら、三上たちはケンカに負けていただろうからな。ヒドイ目にはあったけど、大事なものが守れて俺は満足だった。
「でも、私、ウサギのあんたに出会えてよかった」
三上は潤んだ瞳で微笑むと、
「玉城章子や橋本かすみと仲良くなれたのも、ぜんぶあんたのおかげ」
パッと腕をほどいた。
「俺は大したことはしてないさ。むしろ、お前の友達づくりのおかげで、失った自信を取り戻したまである」
俺のつぶやきに、三上はうなずき、大きく手を広げる。
「はぁあ、あのときは、まさか、こんなことになるなんて」
そして、上目遣いで俺を見てくる。
「ねぇ、伴修治」
「なんだよ」
「目、つぶって」
なるほど。
俺は素直に目をつぶる。
確かに、そういう流れだ。
夜の学校にふたりきり。お互いに抱き合って、思いのたけをぶつけ合って……。
だがしかし、俺にはわかる。
これはイタズラだってな。
「それ、知ってるぜ。どうせ、『キスすると思ったんでしょう』って言って、俺のほっぺたをビローンて……っ!?」
突然の目の前に風を感じて、俺は少しだけ目を開けてしまった。
そう、俺は三上に唇をふさがれた。
三上の唇で。
ふにゃっとした感触と、あまじょっぱい香り。密着している三上の顔からぬくもりが漏れてきて、まるで蒸気のように俺の顔を包み込む。
いつまでも、いつまでも、ふれていたい。三上とつながっていたい。
そのはかなげな口づけは、時間にして一瞬、しかし、俺にとってはやけに長く感じられた。
「約束は守ったから」
キスを終えた三上は、後ろ手を組みながら余裕そうな口調。
実際は、息を切らし、汗ダラダラ。
「無理すんなよ。緊張しただろ」
「し、してないわよ、キスのひとつやふたつくらい」
「嘘つけ」
まったく、寝たふりの次は、いきなりのキスだってよ。
イタズラが過ぎるぞ、三上。
「三上」
「なによ」
「やっぱり、好きだ」
三度目の告白。
それを聞いた三上は大きく目を見開く。
頬がじわぁっと桃色に染まると、
「私も好き……」
あまりにも小さな声が、鈴虫の声に混ざってかわいく響いた。
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