第4話 前髪仮面のクラス委員

 まだ人もまばらな廊下を進み、クラスに戻ってきた俺たち。

 三上は早速、教室の引き戸に手をかけ、

 

 ガラリ。

 

 わざと音を立てながら開けた。

 

「まったく、急にお腹空かせるんだから、ホームルームに間に合わなかったわ」


 白々しい台詞を並べながら、ゆっくりと教室に足を踏み入れる三上。なんだか、俺が世話の焼けるペットみたいな言い方。


「わぁ、ウサギ!」


 すると、廊下側の席でしゃべっていた女子たちが集まってきた。

 それを皮切りにして、たちまち数人の女子に囲まれる。みんな一様にテンションが高く、周囲に華やかな香りが充満した。

 

 どうだ、この集客力。

 三上も満足げに鼻を鳴らす。女子に囲まれ、俺としても、いい気分。


「三上さん、ウサギなんて飼ってたんですね」


 そして、その輪の中心で、真っ先に声をかけてきた女子がひとり。

 

 クラス委員の玉城章子たまきしょうこだ。

 勉強も運動もできる上に、誰とでも話せる明るい性格で、人望も厚い。勉強も運動もダメで友達もいない三上とは対照的な人物だけど、少し変わったところもある。


「ウサギさん、かわいいですね」


 玉城は三上より身長が低いから、ちょっと屈むだけで、顔が俺の目の前まで迫ってくる。 

 しかし、その顔は、長く伸びた真っ黒な前髪で、鼻から上が隠されている。小さくて滑らかなあごと、桃色の控えめな唇が見えるだけ。


「ちょっと抱いてもいいですか?」


 玉城の少しだけ鼻にかかった優しげな声。顔が見えないのは残念だけど、これはこれでなんだか扇情的で……。

 

 待てよ。この状況。

 

 あっ! 俺に電流走る。

 

 気づいてしまった。

 

 三上の友達づくりは、俺にとっても、おいしいことなのだ。そう、うまくやれば、女子たちに抱かれたい放題! しかも、動物だから、思う存分、おっぱいにスリスリしたって文句は言われない。むしろ、喜ばれるはず。


 来たな。俺の時代。

 まずは手はじめに、目の前の玉城! さぁ、俺を差し出せ、三上。


「お断りね!」


 てめぇ、ふざけんな!


「な、なんで、ですか?」


 玉城は若干動揺しているのか、言葉を詰まらせる。まさか断られると思っていなかったのだろう。俺だって同じさ。当然、周囲の女子も「なんでぇ?」と追随する。

 

 三上のやつ、どういうつもりだ? 友達つくるんじゃないのか?

 

 恨みのこもったウサギの眼光と、集まった女子からの攻撃的な視線が三上に刺さる。しかし、三上は、余裕の表情を浮かべて口を開いた。


「ウサギを抱きたければ、私の家に来ることねっ」


 は? なにを考えているんだ、この女は。

 つまるところ、ウサギをエサにして、クラスメイトを家に招くということか。


 三上よ、それは厳しいだろう。

 友達づくりというのは、ある程度順序があって、嫌われ者のお前が、いきなりそんなことを言ったって誰も来ない。だいたい、わざわざウサギを見せつたくせに、もったいぶるなんて、印象が悪すぎる。


 ということを、三上に伝えたかったが、残念ながら俺がここでしゃべることはできない。


「なにぃ、ケチね」


「みんな、帰ろ帰ろ。いつもの三上さんだよ」


「いいなぁ、ウサギ」


 案の定、せっかく集まっていた女子が、つまらなさそうに散っていく。

 ほら見ろ。言わんこっちゃない。


「別に、来たくないなら、いいし」


 ムスッとした顔で文句を垂れる三上。クラスメイトはどんどん離れていく。


「な、なによ。あいつら」


どうやら、少々やりすぎたことに気づいたようだ。ウサギの俺に向かって、バツの悪そうな視線を送ってくる。


 調子に乗りすぎだ。ウサギの力を信じすぎなんだよ。クラスの女子は、三上の家に行ってまでウサギを抱きたいとは思わない。まぁ、それがわかったなら、次からはもっと親切にするべき……。


「あんな言い方したら、誰も来ませんよ」


「……う、うるさい」


 しかし、約1名、残っていた。

 玉城章子。前髪で素顔を隠したクラス委員。


「仕方ありませんね。私が行きますよ」

 

 来んのかよ! 


「はぁ? なんで、あんたが」


「あれだけ、盛大に募集したくせに、誰も来ないなんて、かわいそうだからです」


「余計なお世話よ!」


 噛みつくように吠える三上だったけど、玉城は肩ほどの長さの髪を翻し、


「では、寮に戻ってから、行きますね」


 とだけ言い残して、去っていった。

 

 俺はその華奢な後ろ姿をマジマジと見つめてしまう。

 いくらクラス委員だからってかける情けが重すぎる。それとも、なにか別の目的があるのか。常識人だと思ってたけど、玉城って実は相当な変わり者だったりして? 


「ふんっ、勝手にすればいいのよ」

 

 一方、三上はぶつくさと悪態をつきながら自席に戻った。机の横に釣った紺色の通学カバンに、教科書をテキパキと投げ入れ、


「さっさと帰るわよ」

 

 俺の耳に小さく囁いた。

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