第3話 天誅

 そろそろ頃合いだな。

 

 終始手足をバタつかせ、頭を振っていた三上の動きが少し鈍ってきた頃。

 

 ぽわん!

 

 変身はうまくいった。俺の視界は、三上の頭から、白い上履きのかかとへと、一瞬にして切り替わる。


「ちょっと! あん、た……」


 拘束が解け、すかさず振り向いた三上だったけど、そこに変態クラスメイトの姿はない。息を切らしながら、虚を突かれたような顔でキョロキョロとあたりを見渡し、やがて、足下に1羽のウサギを見つけた。


「むぅ……」


 三上は汗ばんだ額をぬぐいながら、細めた目で俺をのぞき込んだ。


 やはり、疑っているか……。


「気の、せい? かしら……」


 そうそう! あれは気のせい。だいたい、この愛くるしいウサギが伴修治なわけないだろう。


「それとも、幻覚?」


 この調子で、さっきのは幻覚ということにしておいてくれませんかねぇ?

 三上よ、どうか真実にはたどり着いてくれるな。

 

 俺は、ゆっくりと後ずさりを開始する。三上とある程度距離をとったら、とりあえず身を隠してしまおうという魂胆だ。


「さすがに、このウサギが伴修治だっていうのは、無理があるわね」


 いい結論だ。思い通りにことが運んでいる。


「やっぱり、気のせいね」


 三上の視線がウサギから外れ、更衣室の天井に移った。

 

 よし、今だ!

 

 俺はそのタイミングを逃さず、勢いよく踵を返した。姿さえくらましてしまえば、もう疑われる余地はない。俺の勝ちだ!

 

 ありゃ?

 

 しかし、俺の足は宙をかき回すだけ。気づけば、地に足ついていないではないか。


「なんて、言うとでも思ったの? 伴修治!」


 思いっきり、バレてるし。


 身体が床からどんどん遠ざかる。三上が俺の両耳を掴み、まるで大きな白い株のように持ち上げているのだ。全体重を支える耳の付け根が少々痛い。


「私はね、この目で、ちゃんと見たの」


 再び、三上の美しい顔が目の前に。かわいいけど、今は楽しんでいる余裕はない。


「あんたが、ウサギから全裸の男になるところをね!」


 どうやら、人間に戻るところをバッチリ目撃されていたようだ。


「正直、信じられないけど、超常現象だろうが、超能力だろうが、見てしまったものは、どうしようもないわ」


 さて、どこまでしらばっくれることができるか……正直かなり厳しいけど、俺がウサギだという証拠はない。このまま黙っていれば……。


「もう一度、人間の姿に戻してあげる。ちゃんと、証拠動画も撮りながらね」


 ところが、三上は邪悪な笑みを浮かべながら、空いている方の手でスマホを掲げた。俺の考えが完全に先回りされているではないか。


「さてと、さっきみたいに締めてやろうかしら。それとも金玉をにぎりつぶして……」


 ピコン! レンズが光り、動画撮影スタート。


 やばい! ピンチ再び。マジで殺される。


「お、おい、待ってくれ」


「キャッ!」


 俺がウサギのままで声を上げると、三上は小さく叫んで、手に持ったウサギを遠ざけた。


 やっちまった……。


 命の危機を感じて、思わず声が出てしまった。


「……とりあえず、降ろしてくれ。逃げないからさ」


 動画にも残ったし、もはや言い逃れはできない。さすがの俺も白旗だ。


「あ、あんた、ウサギのままでもしゃべれたのね。びっくりするじゃない」


「悪い」


 三上は心底驚いた様子で、素直に俺を床へと降ろし、スマホをポケットにしまった。ちなみに、なぜウサギになってもしゃべれるかは、俺もよくわかっていない。


「お察しのとおり、俺は確かに伴修治だ。自分の身体をウサギの姿に変えることができる」


「知ってる」


 不機嫌そうにこたえた三上が、俺の目線に合わせようとしゃがむ。もちろん、スカートの中はガッチリと両手でガードされている。


「変身能力を悪用してのぞきやってたし、そのあとお前を拘束した。本当にごめん」

 

 俺は鼻をすのこにこすりつけて謝る。


「ただ、この身体のことが表沙汰になるのはまずいんだ。それだけは、なんとか、見逃してもらえないか?」


 俺は祈るような思いで、ひたすら頭を下げ続けた。やはり、一番まずいのは変身の秘密がバレること。交渉次第ではあるが、どうにか被害を最小限にしておきたい。


「顔あげなさい」


 すると、三上の落ち着いた声が耳をくすぐった。俺はすぐさま頭を上げて、三上の反応をうかがった。


「あんたは最低よ。のぞきだけじゃないでしょ? 私の身体にベタベタして」


「本当にごめん」


「どおりで、ウサギの目がやらしいと思ったのよ」


「いや、お前、さっきまで平気で俺を抱いてただろ」


「うるさい。謝罪してる分際で口ごたえしない」


「はい」


 三上は、むすっと口元をふくらませながら、ジト目で俺を睨んでくる。


「でも、これで、私はあんたの弱みを握ったことになるわけなのよねぇ」


「確かにそうだな」


 それを聞いて、俺は、三上が実に不気味な笑み浮かべていることに気づいた。


「安心していいわ。私、あんたの秘密は守るから」


「ありがとう」


「その代わり」


 三上は、ニヤリと不敵に笑う。

 なんだか、嫌な予感……。


「あんたには、私の命令に絶対服従してもらうから」


 俺の鼻先にビシッと人差し指を突きつける三上。

 もちろん、無言で頷くしかなかった。これで変身の秘密が守られるなら充分だろ。


「そうと決まれば、早速、こき使ってあげるわ」


「お手柔らかに頼むぞ」

 

 トホホ。一体なにを命令されるのか。不安は募るばかり。自分でまいた種とはいえ、やはり落ち込む。きっと、由緒正しき縁結びの力を悪用したから、バチが当たったんだ。


「そうねぇ。とりあえず……」

 

 三上はというと、ひと仕事終えたようなご満悦な表情で俺を抱きかかえ、


「このかわいいウサギ姿で、私の友達づくりに協力してもらうわ!」


 と高らかに宣言した。

 

 なるほど。いくら嫌われ者で友達のいない三上でも、ウサギとなればみんな集まってくるから、それをきっかけに人の輪も広がるかもしれない。たしかに狙いは悪くないが……。

 

 めんどくせぇ。

 こりゃ、ただのパシリとは訳が違うぞ。


「あら」


 そうこうしているうちに、終業チャイムが鳴った。帰りのホームルーム、すっ飛ばしてしまったな。先生にバレてないといいけど。


「まぁ、いいわ。早く戻って、みんなにウサギを自慢してやろっ」


 上機嫌に笑う三上の白い腕に揺られながら、俺の耳はだらしなくしおれていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る