第32話 三上の乙女心
「私、こないだ、あんたの試合の応援に行ったでしょ?」
「うんうん」
「あれ、実は伴修治に連れられて来たの」
「マジで!」
橋本のでかい声が草原にこだまする。一方、玉城は黙ってニヤニヤしている。
「うっさいわね。声がでかいのよ」
「ごめん。ほんで? どういうことなん?」
「あ、うん、それでね……」
ジト目の三上は周囲をキョロキョロ見渡してから、声のトーンを落として続けた。誰も聞いてねぇよ。
「駅前でスイーツ食べてから、あいつがテニスの応援に行くなんて言い出したの」
「へぇ、意外やな」
「でも、あとで聞いたら、あいつは私と橋本かすみの仲をとり持つために私を連れ出したって言うの。私はスイーツで釣られて……」
「なるほど。つまり、三上さんは大好きな伴くんからデートに誘われたと思ったのに、それはかすみちゃんと仲良くなるための作戦に過ぎなかったから、怒ってるんですね」
玉城の冷静な指摘。
なにそのめちゃくちゃ勉強になる分析。
「は、はあぁぁ!?」
しかし、それを聞いた三上は絶叫した。
「なんで、そうなるのよ!」
みるみるうちに顔が紅くなる。林檎飴みたい。
「なんや三上、図星やったか?」
「い、いや、それは……」
「最低ですね」
「えっ」
思わぬ賛同に、三上が黙った。
玉城に続き橋本も、
「最低やわ。そりゃ、怒るわ。うちもその気持ちわかるで」
三上の肩をポンと叩いた。玉城も腕を組み渋い表情でうなずいている。
唖然とする三上。
その顔がじわじわと不敵な笑みに浸食され、いつしかドヤ顔に変わった。
「で、でしょう? そもそも、当日の服装からして変だと思ったのよ。くたびれたTシャツに海パンって」
「ありえませんね。こっちはデート気分なのに」
「それはあかん。三上はおしゃれしてったんやろ?」
「当然!」
ふたりから加勢されて、すっかり本調子になった三上は、スマホを取り出し、得意げに画面を掲げる。
「どうよ!」
「めっちゃ、かわいいやん!」
「コーデを写メに残すくらい楽しみにしてたのに、かわいそうな三上さん」
「それよ! しかも、集合だって私の方が早かったし」
「楽しみで30分前には集合場所にいたってところですか」
「正確には40分前よ」
「三上、健気すぎるやろ……」
なんてこった。俺は三上のことをなにもわかってなかったのか……。
ああっ、できることならあの日に時間を戻したい。っていうか、ちょっとドキドキしてきたかも……。
「それで、伴くんにはどんな仕返しを?」
「ここ1週間、メールも会話も全部無視してやったわ」
俺への嫌がらせを得意げに自慢するな。
玉城もなにをうれしそうに質問してんだよ。
「意外とぬるいんですね。私なら、女子にこの噂をまわして、伴くんを女の敵に仕立て上げるんですけどね」
お前が言うと冗談に聞こえないから怖いんだよ。
三上と橋本からも「性格わるっ」とツッコミが入る。
「良かったら、今からでも私が噂を流してあげましょうか?」
「いや、遠慮しとく」
「そうですか……」
ちょっと残念そうにすんな。
「でもさ、三上の話を聞いとると、伴くんは、うちと三上の仲介をしてくれたってことやんな?」
「そうなるわね」
「それに関しては、むしろ良かったやんな。伴くんのおかげで、うちらは仲良くなれたわけやし。ええ人やん。そろそろ許したったら?」
橋本、唯一の良心。なんて良いことを言うんだ。
「確かに、伴くんにも意外と良いところあると思いますし」
玉城が橋本に続いて穏便派に傾いた。昨日優しくしといて正解だったぜ。
「ま、まぁ、そうね……」
「っていうか、うち、三上と伴くんにそういう付き合いがあったなんて知らんだわ」
すると、橋本が不意にそんなことを言い出した。
「私も知りませんでした」
「三上って普段から、伴くんと会話しとる?」
「するわけないですよ。ボッチなんですから」
「でも、一緒に出かけとるし、メアドも知っとるんやろ?」
「友達すらいないくせに不思議ですね」
「う、うっさい! 玉城章子、黙りなさいよ!」
ふたりから追求された三上。
これは困ったな。よく考えもせず伴修治の名前を出したから、俺たちの特殊な関係を説明することができない。三上としては、適当に怒鳴ってこの場をやり過ごすつもりだったんだろうが、どうやらそれは難しいようで……。
「怪しいな」
「怪しいですね」
ニヒヒと笑いながら、顔を見合わせる橋本と玉城。
「べ、別に、怪しくなんか……」
おそらく、今になってどうやって取り繕うかを必死に考えているのだろう。
クソ。助け船を出せる状況でもないし、どうしたものか。
俺が心中で不安を募らせていると……。
夜空がいきなり明るくなった。
「あ……」
3人が一斉に顔を上げる。
ふぅ、どうやら、うまく逃げ切れそうだ。
「花火よ!」
三上が俺を抱えて勢いよく駆けていく。
ドンという破裂音が、胸の奥底まで響き渡り、火花がパラパラと散った。
「やっと、はじまったか!」
「きれい……」
橋本と玉城も続いて立ち上がった。
そうこうするうちにも、花火は次々と打ち上げられる。
赤や緑、楕円や惑星型。
ふわりと浮かんで消えていくものもあれば、連続で光ってバチバチはじけるものも。そのたびに、まるで太鼓みたいな音に心臓を揺さぶられる。
「良い眺めね」
「ですね。友達と花火なんて、ずいぶん久しぶりです」
「私は、はじめてかも」
三上、玉城のどこか感傷的な瞳の中に、ぱあっと花火が映り込む。
「なんや、ふたりとも! ちょっと暗いやんか」
橋本が二人の間に割って入って肩を組む。
「ああもう、あっつい! うっとうしいのよ、あんた!」
「かすみちゃん、花火は静かに楽しむものですよ。私の愁いを帯びた美少女の雰囲気が台無しじゃないですか」
「いや、章子ちゃんは、誰に向かってアピールしとんねん」
「さすが淫乱前髪女。バカが治ってないわね」
「黙りなさい、花火処女のくせに」
「こ、こいつ!」
「まぁまぁ、ふたりとも、花火は仲良く見よんなぁ」
いつもどおり罵り合う三上と玉城を、橋本は実に楽しそうになだめる。
「今日のところは、かすみちゃんに免じて許します」
「そうね。私も、今日は気分がいいから許すわ」
睨み合っていたふたりも、静かな表情に戻り、再び上空の花火を見上げる。
「なんか愚痴ったら、スッキリしたのよねぇ」
「それわかります。私も、いろいろぶちまけたので」
「うちも!」
3人が互いに笑い合う。
ドーンとひときわ大きな花火が上がり、その顔が明るく照らされる。
「うおぉ、見て見て、おっきい!」
「ふふっ、三上さん、はしゃぎ過ぎですよ」
「言われやんでも見とるっつぅの」
もう一度、楽しそうに笑う3人を見る。
なんて幸せな光景なんだろう。
俺は三上の友達づくりを手伝う日々を思い返す。このウサギ姿を使って、いろんなサポートをしてきたけど、今日がその集大成であるような気がする。俺はこんな風に笑う3人を見たかった。家業の縁結び活動では、人々を幸せにすることはできなかったけど、俺はどこかで、こんな光景に憧れていたのかもしれない。
『伴くんのおかげで、うちらは仲良くなれたわけやし』
思えば、橋本の言葉に三上と玉城もうなずいていた。
ウサギになるしか能のない俺だけど、こうして3人を幸せな関係に導くことができたのなら……。
「……なに?」
そんなことを考えていると、不意に三上と目が合った。
花火そっちのけで、その美しい横顔を見つめていたのがバレたみたい。
「べーっだ」
三上はそんな俺に小さく舌を出してみせた。その意地悪な顔とは裏腹に、俺を抱く手は毛並みを撫でるかのように優しかった。
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