第33話 ただの擦り傷のくせに
たたまれていく屋台に、取り外される提灯。裏手では、いろんな資材を持ったスタッフが走り回っている。
祭りの余韻が残る境内。
神社の石階段からぞろぞろと人が流れてくる中、3人は鳥居の前で立ち止まる。
「三上、ひとりで帰れるか?」
「子どもじゃないんだから」
「夜道にひとりで大丈夫かってことです」
「大丈夫よ。私の家、近いから。この道まっすぐ行くだけ」
三上が指差すのは、神社前の大きな通り。花火の直後だから、まだ人通りも多い。
「そうか。ほんなら安心や」
「では、私たちは逆方向なので、また」
「また来週やな」
「うん」
玉城と橋本が軽く手を振る。三上も小さく片手を挙げた。
そして、俺を抱いたままの三上は、大通りを少し進み、ひと気のない脇道へ。
「あんた、家、ここでしょ?」
おもむろにつぶやく三上。
ここでお別れってことか。わざわざ俺を三上の自宅まで連れて行く必要はないからな。個人的には、もう少し話をしたかったけど、この姿じゃ、話し込むわけにもいかない。
俺はコクリとうなずいてから、腕から飛び降りる。
赤い鼻緒の下駄。三上のすべらかな足が目の前に……。
「じゃあ、ここでさよならね」
三上はしゃがみ込んで、俺と目線を合わせる。
さっきまで友達と楽しい時間を過ごしていたからか、その声はまだ弾んでいる。
「また、来週」
「……」
俺がそっと首をもたげたのを確認すると、三上は少しもたつきながら立ち上がった。まだなにか言いたそうにこちらを見下ろしていたけど、結局そのままクルッと踵を返してしまった。
「……待てよ」
しかし、俺は三上を小声で呼び止める。
「な、なに?」
三上がゆっくりと振り向いた。俺の声に若干驚いたようだ。
「うちに寄ってけよ」
「えっ?」
「足、怪我してるだろ」
ウサギの視点からだとよく見える白い足首。おそらく木の枝で切ったであろう傷に血がにじんでいた。
「あ、ああ、気づいてたの……」
三上は太ももに手を添え、キュッと内股になった。
「手当てしてやる。バイ菌が入るから」
「確かに、バイ菌が入るといけないし」
「ついてこい」
「そうね……」
俺が歩みを進めると、下駄がカランと音を立てる。
ウサギ姿ということもあって、俺は最小限の単語でぶっきらぼうに言ったつもりだったけど、内心バクバクだった。めちゃくちゃかっこつけただけに、ちょっと恥ずかしい。
自宅までの山道を行く。
背後には三上の気配。
正直、偶然にも足の傷を見つけたのはラッキーだった。
本当の目的は、三上ともう少し一緒にいたいという1点のみ。傷の手当てなんて、ただの口実さ。
だって、ただの擦り傷だぜ? 家に帰って自分で手当てすれば足りる。そんなことは俺もわかっている。よく考えたら、ただ三上を部屋に招きたいだけだってのはバレバレ。
だが、俺は今、猛烈に緊張しているのだ。
なぜなら、三上が俺の誘いに乗ってきたから。
ただの擦り傷のくせに。
それってつまり……。
三上も、俺と同じことを考えてたりして?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます