第35話 その縁結びは許せない
コンコン。
「っ!?」
突然の扉を叩く音に、俺と三上は思わず手を取り合って飛び上がった。
「入るよ?」
少し低い女の声。結奈だ。
「待て!」
声を張り上げると同時に、俺の頭が急速に冷めていく。
クソ。三上を招いたことに動揺して鍵をかけ忘れた。最初からもっと下心満載なら、施錠だけは絶対にしていたのに……。
「反対側の窓から出ろ」
悔しさを押し殺しながら、俺が耳打ちすると、三上はコクコクとうなずく。
音がしないよう静かにサッシを滑らせ、忍び足で下駄を回収した三上を、窓の外に放り出す。
「気をつけてな」
「……うん」
窓際でしおらしく佇む三上と小声でやり取りしていると、
「なにしてんの? 入るよ?」
結奈から催促ノック。
俺は最後に三上と見つめ合ってから窓を閉めた。
それと同時に、入り口の扉が開き、結奈が顔を出した。
「なんだ、いるの。早く開けてよ」
「……うっせぇ」
俺は自分史上最上級のいらだちを込めて吐き捨てる。
「もしかして、なんか機嫌悪い? 自家発電中?」
サンダルを脱ぎ、ショートカットの黒髪を揺らしながら部屋に入ってきた結奈は、学校指定の体操服を着ていた。おそらく、祭りの手伝いでもしていたんだろう。
「祭りの手伝いにこなかった分際で、そういう態度やめて?」
黙っている俺に対して結奈の痛い指摘。
いや、祭りの手伝いをサボったことは抜きにしても、三上とのラブラブタイムを邪魔した罪はでかい。機嫌が悪いなんて、レベルじゃねぇんだよ。
「まぁ、どうでもいいけど、話だけ聞いて」
しかし、床に足を崩した結奈は、軽い口ぶりで切り出した。
「
「へ?」
「ほら、あの黒髪のきれいな」
「ああ、玉城のことか」
なんの話かと思えば……こいつ、どこかで見ていやがったのか。
「あれが玉城章子さん?」
「おう。俺も素顔ははじめて見たけど」
「へー、そうなん」
「てか、お前、玉城のこと知ってんのか」
「玉城さんといえば、優等生で有名。まぁ、私は学校関係の縁結びも多いから、高等部の生徒にもある程度は詳しくなるっていうのもあるけど」
なるほど。結奈の中学は、俺が通う高校の中等部だから、有名な生徒なら知っていてもおかしくはない。
「で、それがどうした?」
とはいえ、そんな結奈が玉城に一体なんの用があるというのか。
「私の勘だけど……」
結奈がキュッと目を細める。
「あの人、このあと絶対モテる」
それは、縁結びに従事する者の鋭い眼差しだった。
「あんな美人、うちの学校ではそうそういない。それに、モテるオーラを感じる」
「ふーん。そういうもんか」
「修兄には、わからないかもね」
バカにしたようにお手上げポーズをとる結奈。
「これは大仕事になると思う。誰とくっつけるか、かなり難しい判断が必要になる」
そうか。要するに、結奈はこれから殺到するであろう玉城への縁結び依頼を見据えて、俺に釘を刺しにきたのか。これは自分の仕事だから横取りするなと。
安心しろ。誰もお前の仕事を取ったりしない。そもそも、俺にはなにも……。
「そこで、修兄に1つ手伝ってほしいんことがあるんだけど」
だから、結奈の口からそんな言葉が出たとき、俺はひどく困惑してしまった。
「な、なんで俺が。お前、ひとりでできるだろ」
「いや、修兄の力を借りたい」
あの優秀な妹が、俺を頼るだと?
マジかよ。ってことは、結奈は俺に縁結び活動を手伝ってもらうために、わざわざ部屋を訪ねてきたことになる。一体どういう風の吹きまわしだろう。
「俺になにができるってんだよ」
俺としては、淡い期待を抱かずにはいられないわけだけど……。
「あの三上さんって人、いるでしょ?」
「えっ」
結奈の口から予想外の名前が出て、俺はまたしても戸惑った。
「修兄には、三上さんを玉城さんから引き離してほしいんだよね」
膨らみかけた期待は、一瞬にしてしぼんだ。
「三上さんって、すごく悪名高いから、近くにいると玉城さんの評判も落ちるの」
大真面目に語りだす結奈。
俺は唇の震えから黙り込んだ。喉の奥底からふつふつと怒りが沸いてくる。
「兄さん、三上さんと仲良いんでしょ。さっきも、ウサギになって抱かれてたし。だったら、三上さんの動きくらい、なんとかしてよ。こっちは、玉城さんの縁結びで手一杯だと思うし……」
「断る」
俺は結奈が言い終わる前に口をはさんだ。静かに言ったつもりだったが、思った以上に重く響いて、自分でも少しだけ驚いた。
「はぁ?」
すかさず、結奈が真顔で首をかしげる。
一瞬にして、俺を責め立てる目つきになった。中学生にしてすでに認められている人間の威圧的な視線。
「誰が協力するかよ、そんなの」
なんだか、俺がやってきたことを全否定された気がして、余計に腹が立つ。もはや、三上と玉城が仲良くなった経緯を、結奈に教えてあげようという気さえ起らない。
「あっそ。せっかく、無能な兄にも仕事を分けてあげたのに」
すると、結奈は俺を睨んだまま立ち上がった。
「玉城さんの縁結びに携わって、少しは更生してもらおうと思ったのにっ」
そして、つまらなさそうに俺を見下ろし、部屋を出て行った。プレハブ小屋の軽い扉が「バタン」と安っぽい音を立てた。
「ふざけんなよ……」
せっかく友達になった三上と玉城を引き離すなんて、それじゃ無能以下だろがっ。
クソ!
行き場のないいらだちを込めて、俺は座布団を力一杯蹴り飛ばした。
座布団は窓にビタンとぶち当たって、するすると床に落ちていった。
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