第4章 あいつらのために
第36話 ひとりぼっちにさせてたまるか
週明け。
教室は大興奮の渦に飲み込まれていた。
その中心で遠慮がちに苦笑を浮かべる玉城。
とくになにかが変わったわけではなく、真っ黒な前髪はあの整った顔立ちを隠している。それなのに、クラスメイトからは、男女問わず「ねぇねぇ、顔見せてよ」とか「超かわいいってほんと!?」とか「美人なのになんで隠してるの?」と大反響の嵐。
「こらこら、うちの章子ちゃんをあんまり困らせやんといて」
「いつから、かすみちゃんの女になったんですか?」
橋本の発言に、ようやく玉城も口を開いた。冗談めかした呆れた口ぶりに、周囲から、次々と「そうだ! そうだ!」の笑い声。
みんなが玉城に夢中だった。
なんでも、夏祭りの日に、玉城の素顔を目撃したやつがいたらしい。それで、玉城が実は超美人だったと噂になり、こんな大盛り上がりに発展した。
一方、そんなクラスの隅っこ。
三上は机に突っ伏していた。絶対に寝たふりだ。
気持ちはわかる。ただでさえ、クラスの中心人物である玉城や橋本に近づきにくいというのに、玉城が一段と注目を浴びるようになり、友達の輪がさらに広がってしまった。もはや、三上が入っていく余地は残されていない。
かわいそうだから、ウサギになって、三上をあの輪に入れてやるか? 余計なことをするなと怒られるだろうか。いや、むしろ玉城や橋本と仲良くなった三上なら、他のやつともうまくやれるのでは?
つまるところ、これは三上の友達の輪を広げるチャンスでもある。
それに、結奈のこともある。
三上をひとりぼっちにさせてたまるか。
俺は玉城を囲む黄色い声を聴きながら、頭の中で作戦を考えていた。
昼休み。やはり話題は玉城の素顔一色。
かくいう俺も、むさ苦しい男連中と弁当を囲いながら、玉城の容姿についての妄想を披露し合っていた。
瞳は絶対に碧眼だとか、あごの輪郭でなんとなく察していたとか、前髪を降ろしている方が逆にそそるだとか、玉城の秘める様々な可能性が広がっていく。
まぁ、俺は素顔を知ってるんだけどな、と密かな優越感に浸っていたが……。
「章子ちゃん、お昼一緒に食べよ」
そんなとき、橋本のでかい声が教室中に響き渡る。
俺の意識も、自然とそっちに移った。
「はい、もちろん、いいですよ」
玉城がニコッと口角を上げると、橋本は玉城の席に椅子を持ってきた。それに釣られるかのように、周囲の派手めの女子たちも続く。
この雰囲気。
やはり、学校での玉城は猫を被っている。きっと、前髪の下にあるきれいな顔に、ベッタリと偽りの笑みを貼り付けているんだろう。
そんな玉城が、一瞬だけ三上に顔を向けた。
俺には玉城の心情を察することができる。
本性を隠してこんな窮屈な教室で飯を食うよりも、三上や橋本と誰もいないところで羽を伸ばしたいと。むしろ、橋本、なにリア充の集いに誘ってくれとんじゃと。
「三上も一緒に食べよに!」
ところが、ここはさすがの橋本。
玉城の理解者だけあって、あの一瞬の視線を汲み取った。玉城が三上のことを気にしていると察して、咄嗟に誘いをかける。
「……うっ」
自席でゴソゴソとカバンの中を漁っていた三上が、ピクリと反応した。
ナイス、橋本。
お前みたいな陽キャラの誘いとあれば、周りだって文句はないはず。こういう飯の場で、三上が実はいいやつだってことをアピールすれば、自然と三上も友達の輪に入れるようになるだろう。
ほんと頼りになるぜ。俺もいろいろ考えていたけど、この様子なら、今回は出る幕なしかな……。
「って、おい、どこ行くんやぁ!」
しかし、三上は橋本の誘いを無視して、教室を出て行った。
なにやってんだよ、あいつ。せっかくのチャンスを無駄にしやがって!
「ヤベェ! うんこ漏れそう」
飯の途中だったが、俺は席を立った。周囲から「食事中だぞ!」と批難の声。
「どうしたんやろ。三上」
「せっかく、かすみが誘ってるのに感じ悪」
「かすみ、もう三上さんにかまうのやめたら?」
「まぁまぁ、三上のことあんま悪う言わんといたって。あいつ、誤解されやすいから」
背後で三上への批難と、それに対する橋本のフォローが聞こえる。
なんて、いい友達なんだ……。
それに比べて……。
三上のクソバカ野郎!
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