第15話 縁結びウサギの仕掛け
翌朝。
俺はいつもより1時間以上早く登校し、ウサギになって教室の隅で待機していた。高校に入ってからいちばんの早起きである。教室の鍵もはじめて自分で開けた。
目的は三上のサポート。
あいつは俺の助言に従い、早朝に漫画を持って登校する。しかし、せっかくなら、ここでなにか仕掛けを打ってやろうと思ったのだ。
ガラリ。
さて、そうこうしていると、教室のドアが開き、
「あれ? 開いてる……」
カバンを肩にかけ、白い紙袋を提げた三上が、慎重な足取りで入ってきた。鍵が開けられていたことから、すでに誰かいるんじゃないかと警戒しているようだ。
三上は泥棒みたくソワソワと周囲を見回し、ゆっくりと玉城の席に向かう。
当然、誰も来ているはずはないが……。
「あら、三上さん、今日は早いんですね」
「ああぁ! 玉城章子ぉ!」
教室の引き戸から黒塗り前髪がひょっこり顔を出し、三上は紙袋をケツの後ろに隠して飛び上がった。
「なんで、あんたがいるのよ!」
息を切らして尋ねる三上だったが、玉城はキョトンとした様子で教室に入る。
「なんでって、あなたが呼び出したんじゃないんですか?」
「呼び出し?」
戸惑う三上に、玉城は1枚の紙切れを差し出した。
「私、これを見て来たんですけど」
「んんっ!」
三上が血眼でその紙切れを見つめる。
「えっと、『7時45分に教室に来て byウサギ』って、知らないわよ、こんなの!」
「じゃあ、一体誰が……」
もちろん犯人は俺だ。
昨日の夕方、玉城の下駄箱にその紙を入れた。三上には内緒で。玉城が来ると知っていたら、三上は恥ずかしがって逃げるかもしれないからな。
「てっきり、こないだ借り忘れた漫画を持ってきてくれたのかと思ったんですけど」
玉城が三上のケツからチラリとのぞく紙袋に視線を落とした。
「た、確かに、これは貸すつもりだったけど」
三上は不本意そうな顔で紙袋を差し出しながら、またあちこち視線を散らしはじめた。おそらく、紙に書かれた「ウサギ」で、俺の仕業だと察したのだろう。近くにウサギが潜んでいないか探しているのだ。
「では、ありがたく借りていきますね」
「うん」
「わざわざこんな朝に、手紙で呼び出さなくても」
「いや、だから、私じゃないって」
「ウサギって書いてあったじゃないですか。そんなに恥ずかしかったんですか」
「違うんだってぇ」
玉城はすっかり俺の書いた紙切れを三上のものだと思っているようだ。もちろん、そう仕向けるために「ウサギ」って書いたんだけどな。「三上」にしなかったのは、「ウサギ」の方が照れ隠しっぽくてリアルかなと。
「まぁ、いいわ。あしたには返しなさいよ」
「いやいや、せめて週末まで待ってくださいよ」
「仕方ないわねぇ」
「よく言いますよ。私に漫画を貸すだけで大騒ぎだったくせに」
「う、うるさいっ」
「ふふっ」
「笑うなっ」
二人のエンジンがかかってきて、いつもの調子になってきた。やはり、ただ漫画を置くだけではもったいない。こうして、誰もいないところで会ってこそだ。まぁ、俺がわざわざ三上と玉城を鉢合わせたのには、別の狙いもあるんだけど。でなきゃ、こうしてウサギ姿で教室に潜む必要はない。
さて、もう1つの仕掛けを打たせてもらうか。
俺は傍らの丸めたポスターを咥え、二人の元へと駆けていく。
「……だから、私は」
「あら、ウサギさん」
「えっ」
ウサギを見つけた玉城に続いて、三上も床に座る俺に視線を落とし、
「あんた、なにしにきたのよ」
眉をつり上げ睨みをきかせる。そんな親の敵でも見るような目をするなよ。
「なにを咥えてるんでしょう」
玉城が俺の口からポスターを取る。よし、うまくいった。
「夏祭りですか」
「ああ、屋台が出て花火があるやつね」
「そうなんですか。確か、去年は3連休で実家に戻っていて、行かなかったんですよねぇ」
「そっか。あんた、県外から来てるんだったわね」
「はい。だから、この祭りも行ったことがなくて。再来週ですね……」
「うん」
三上も玉城も食い入るように、夏祭りのポスターを見つめている。
いい雰囲気になってきやがったぜ。
これこそ、俺が仕掛けたもう一つの策。
ふたりで話しているところに、夏祭りの案内を入れてやれば、自然と一緒に行く流れになるはずだ。あわよくば、玉城の方から誘ってくるかもしれないし、ここで話が決まらなくても、あとから誘いやすくなる。
「でも、なんでウサギさんがこんなものを……」
「し、知らないわよ」
これも俺の差し金だと気づいている三上は、少々歯切れの悪い回答をする。そんな三上を見て、玉城がニヤリと口角を上げる。
「なるほど。ひょっとして、三上さん、私と夏祭りに行きたいんですか」
「は、はぁ? なんで、そうなるのよ!」
「どうせ、あなたがウサギさんにこれを……」
夏祭りのポスターをひらひらさせる玉城だったが……。
教室のドアに人影が。
「章子ちゃん、なにしとんの?」
「あひゃぁ!」
玉城が奇声とともに、脇を締めて伸び上がった。
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