第2章 デート作戦

第14話 プロポーズばりのおせっかい

 週明けの昼休み。

 俺は三上に呼び出され、ウサギ姿で中庭の芝生を踏みしめた。


「遅い……」


 校庭にある木の下。三上はだらーんと脚を投げ出し、ただっ広い陸上部のトラックを眺めながら、いちごミルクのストローをくわえていた。


「しょうがないだろ。変身にも手間が掛かるんだから」


 うちの学校では、昼休みに校舎から出る生徒は少ない。喧騒は校舎の中から遠く漏れ聞こえるくらいで、ぬるい風が木の葉をさらさらと揺らしている。


「この前はごめん。それと、秘密、守ってくれて、ありがとな」


「別に、いいわよ」


「いや、身を隠すためとはいえ、ちょっとやり過ぎた」


「ああなったら、どうしようもないわよ。私だって、あんなところ、あいつに見られるわけにはいかなかったし……」


 俺はぴょこぴょこと三上の足元に駆け寄り、その顔を見上げた。

 三上は相変わらずツーンと唇を尖らせているが、俺の脳裏には、あの夜に見た満面の笑みがなぜだか映し出される。


「正直許しがたいけど、過ぎたことをグチグチ言っても仕方ないわ」


 怒っているのは当然だろう。

 でも、三上はその上であの失態を水に流してくれようとしているのだ。この後腐れのなさ。やっぱり……。


「なぁ、お前って、結構いいやつだよな」


「は、はぁ!? な、なに言ってんのよ、あんた、バカじゃないの!」


 唐突な褒め言葉に、三上は目を白黒させながら怒鳴った。このわかりやすく動揺するところも、割とかわいく思えてきた。


「嘘で言ってるわけじゃないさ。実際、こないだの夜は、お前の寛大さに助けられたんだ。普通のやつなら、俺と布団の中で密着して屁こきの濡れ衣を被ってまで、秘密を守ってはくれないだろうからな」


「だから、あれは私が自分のためにやったの。玉城章子に見られたくなかったの!」


「でも、お前、俺が泊まるってなったとき、家のことを心配してくれたな」


「それは、あとから、面倒なことにならないように」


「玉城が泣いたときも、必死で謝ってたしな」


「そ、それは、先生にチクられたら嫌だからで……」


「めちゃくちゃだな」


「笑うな! クソウサギ!」


 おさげ髪からのぞく耳が真っ赤に染まっている。少々効き過ぎたか。たぶん、こういうことを言われ慣れていないんだろうな。三上は、手の平でパタパタと顔を仰いでいる。


「ところで、お前、なんで俺をこんなところに呼び出したんだ?」


 褒め殺しはこれくらいにしておくとする。

 業間ではなく、わざわざ昼休みを選んで俺にメモを渡したのは、単なる伝言とかではなく、なにか用があったのではないだろうか。


「ああ、うん、その、あいつのことなんだけど……」


 三上は急にしおらしく視線を落とし、きゅっと膝を抱えて体育座りになった。


「なんか、話しかけるきっかけがない」


「そりゃ、向こうは友達も多いからな。お前じゃ、近づくことすら難しいか……」


 お泊まり会でのやり取りを見る限り、玉城も三上を気に入っているのは確実。とはいえ、今まで学校で接触がなかったふたりだから、話す機会がないのだろう。


「あんた、なんとかしなさいよ」


 弱々しく俺に命令する三上。せっかくお泊まり会で仲良くなったのに、玉城がいつもクラスの中心にいて、どうしようもなくなって俺を頼ってきたというわけか。


「お前、玉城に漫画貸したよな? 話すきっかけにならないか?」


「ダメ。あのあとパパが玄関で寝ててバタバタたから、漫画貸すの忘れたの」


 親父さん、やっぱり酔っ払ってたか……。

 っていうか、パパだって。こいつ、かわいいところばっかりだな。


「じゃあ、メールは? こないだ漫画貸し忘れたとか、メッセージ入れときゃ、あとはあいつが動いてくれるだろ」


「いや、自分からメールするのは……」


「貸せ。俺が打ってやる」


「やめなさいよ」


 この意気地なしがっ。


「じゃあ、漫画を、玉城の机にでも置いとけばいいんじゃないか。それならできるだろ。置くだけだし」


「そ、そうね。置くだけなら」


「そしたら、玉城もなんか返してくるさ。メールとか来たら、そこから話題が続いて、次の約束につながったりもする」


「うん」


 いつの間にか、正座で俺のアドバイスを聞く三上。意外と素直だ。


「っていうか、あんた、よくそんなに次から次へと……」


「当たり前だ。なんてったって、俺は……」


 伴神社の跡継ぎだから、と言おうとして、口ごもった。


「なによ?」


「いや、なんでもない」


「そう」


 しかしこの感じ。なんだか縁結び活動をしているような気持ちになってくる。さっきも、三上が玉城に話しかける方法を考えるのに夢中になってしまった。


「うーん、でも、漫画を置くのはいいけど、全巻だと結構大きな荷物になるから目立ちやすいし、あいつも持って帰るの困るかもしれないし……」


 三上は小さなおさげ髪をクリクリといじりながら、ブツブツ言っている。


 まったく。こいつ、本当にどうしようもないぜ。ああ言えばこう言うし、友達つくろうっていうのに、どうでもいいことばかり気にして……。


 でも、三上がいいやつだってことは確信している。伊達に縁結びをやってきたわけじゃない。成功したことはないけど、人を見る目は多少なりともある。

 

 それに、あの夜、偶然にも知ってしまった三上の過去とまぶしいほどの笑顔。

 

 普段の三上とは到底結びつかない。それもそのはず。三上は自分から心を閉ざして友達を遠ざけているんだから。本当は優しい心の持ち主なのに、それを知っているのはおそらく玉城くらい。本来なら友達もたくさんいて、彼氏もいて、楽しい学校生活を送っているはずなのだが、三上の本当の性格はみんなに全然伝わっていない。

 

 だったら、俺がなんとかしてやるしかないだろう!

 俺の中で変なスイッチが入った。


「おい、三上!」


「な、なによ」


 俺が少し語気を強めると、三上は眉間に皺を寄せて睨みつけてきた。


「ごちゃごちゃ言ってんな。俺に任せろ」


「偉そうに」


「俺がお前を幸せにしてやる」


「な、あ、あんたなに言ってんの!?」


「あいてっ」


 顔を赤くした三上が紙パックを投げつけてきた。


 確かに「幸せにしてやる」は言い過ぎか。少々くさすぎるな。とはいえ、やるからにはそれくらいの気持ちで臨みたいところ。これは神社の縁結び活動じゃないんだから、俺の好きなようにやれる。


 あの満面の笑みを……。


 男女の縁結びとは違うかもしれないけど、なんだか妙なやる気が出てきた。

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