第13話 因縁の縁結び
家に着く頃には、遠くの山から太陽が少しだけ顔を出していた。
俺はガタガタになった足腰で水が溜まった石階段を上り、周囲の茂みから漂う緑の香りを深呼吸した。火照る身体に、冷たくて新鮮な空気が入ってくる。
境内の入り口にある灰色の鳥居をくぐり、向かって右方向にある自宅へと向かう。玄関までの道のりは樹齢数百年の木々に覆われ、葉からこぼれる雫で小雨が降っているかのようだ。
古い木造2階建ての玄関。横の格子には夏祭りのポスターが貼ってある。
しかし、俺はその引き戸には手をかけず、その左隣に増築されたプレハブ小屋へと歩みを進めた。まるで物置みたいなそのプレハブは、勉強のために設置された部屋とかではなく、まさに俺が生活をするための空間なのである。
「ふーん、朝帰り?」
俺がプレハブの濡れたドアノブを握ったところで、背後から声をかけられた。
「なんだよ。文句あんのか」
「別に」
振り向くと、そこには妹の
ボーダー柄のワンピースと赤いカーディガンに、大きなキャンプ用リュックを背負い、ショートカットの黒髪をさらさらと撫でている。
「お前こそ、こんな時間に俺の帰りでも待ってたわけ?」
「は? バカなの? 今日は縁結び対象が遠出するから朝が早いってだけ」
「知ってるよ。ちょっとからかっただけじゃねぇかよ。冗談通じないな」
「あっそ。つまんない冗談言ってないで、ちょっとは仕事できるように努力でもしたら?」
「俺になにができるってんだよ」
「工夫次第で役に立てると思うけど。意識低いよ?」
「知るかよ。そんなん」
「高校生にもなって、みっともな」
「うるせぇ。はよ行け」
「はいはい。じゃ、行ってきまぁす」
俺がプレハブのドアを開けると、結奈はサンダルをパタパタと鳴らして去って行った。朝っぱらから嫌なやつに遭遇してしまった。
部屋に入って、ため息混じりに着替えはじめる。6畳間には、万年床に机、テレビや冷蔵庫など家具はひと通り揃っている。隣の本家を出るとき、俺の部屋にあったものはほとんど持ってきた。風呂やトイレはないけど、水道は外にあるホース用のものが使える。
疲れたから風呂に入りたいけど、そのためには家に入る必要がある。両親に朝帰りだとバレるのも面倒なので、またあとにしよう。
俺は大きめのTシャツと海パンに着替え、乱れた布団に横たわる。縁結び活動にと、両親がプレゼントしてくれたものだ。変身すると衣服が落ちてしまうから、こういう最低限の装いは重宝する。残念ながら、縁結び活動で使われることなく、こうして部屋着と化しているけど。
目を閉じたものの、鳥の声がうるさくて眠れそうにない。
『ちょっとは仕事できるように努力でもしたら?』
妹の言葉が脳内で反芻する。正直、胸に刺さる。
俺だって、昔は縁結び活動に挑戦していた。伴家では、それこそ小学生高学年にもなれば、家の仕事を手伝うのが通常だ。分家にいる年の近い親戚も同じ。神社に集められる数多の願いの中から、比較的簡単なものを回してもらい、徐々に縁結び活動に慣れていく。
しかし、俺のウサギに変身できる能力は、縁結びにおいてはなんの役にも立たなかった。
小5から中2まで、何10件か願いを引き受けたが、とうとう一度も縁結びを成功させることができなかった。
それもそのはず。例えば、片思いの成就を目指す場合、対象となるふたりが惹かれ合うために行動を根回ししたり、告白のタイミングを図ったりなど、いろいろと戦略を実行する必要がある。
にも関わらず、俺にあるのは、ウサギだけ。戦略は子どもの未熟な勘に頼らざるを得ないし、対象を思い通りに動かすこともままならない。
結果。俺はちょっとだけグレた。
家族といるのが気まずくなって家も出た。といっても、昔、集会所として使っていた物置に立てこもっただけなんだけど。
当然、俺は跡継ぎの座を降ろされた。代わりに、新たな跡継ぎ候補となっているのが、妹の結奈だ。結奈は、人の恋心が見えるというドンピシャな力を持っているから、小学生の頃からカップルを量産してきた。今は俺が通う高校の中等部2年だけど、すでに大人と同レベルの仕事をこなしている。まさに、次期頭首にふさわしい。
まぁ、俺は跡継ぎなんて興味ないけどさ。
ただ、俺はたったひと組の幸せなカップルすらつくれなかったのかと思うと、ちょっと悲しかったりするのだ。
俺にも結奈みたいな力があれば、うまく縁結びができていたのだろうか。いや、力があったとしても、俺はどのみち堕落していた。今のだらしない日常がそれを色濃く物語っているではないか。それでも、使える力があればなにか変わっていたかもしれない……。
堂々めぐりの独り相撲。
いつもなら、ますます目が冴えてしまうところだが、やはり、変身の限界というのは相当な体力を消耗するようだ。段々と意識が遠くなり、俺は深い眠りへと落ちていった。
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