第10話 仕返し
「そうですねぇ、それでは、廊下側の席から……」
これから、いいところだというのに、なんだか強烈な違和感。
「あんた、クラスの男子の席とか覚えてるの? 意識しまくりね」
「当たり前です。一応、クラス委員ですので」
ふたりの会話に耳を傾けながらも、俺は段々とこの状況を飲み込みつつあった。
暗い視界。妙な肌寒さ。身体にまとわりつく布団の感触。
元に戻ってる!? なんで!?
いや、そんなの、体力の使いすぎに決まっているんだけど……幸い、三上は玉城との会話に夢中で気づいていない。一分待って、早いところウサギに戻っておかないと、大変なことになる。
「長谷川くんなんてどうですか?」
「そんなやついたわねぇ」
「失礼ですよ」
もうふたりの話も耳に入ってこない。時間よ、早く経ってくれ。三上が俺の姿を見たら発狂するのは必至。気づいたら、全裸の男が布団の中にいるなんて、気持ち悪すぎる。
「高須くんは?」
「あいつはダメよ。ただの根暗ね」
「真面目でいい人だと思いますけど……根暗ですかね」
こんなところを玉城に見られたら、通報されても文句は言えない。客観的に見て、どう考えても言い逃れできない変態なのだから。
「吉井くんってかっこいいと思いません?」
「顔はいい方ね」
「でも、頭悪そうなんですよね。実際悪いですし」
クラスメイトが次々とディスられていくが、時間は充分。
よし。変身だ。
俺は全身に、ぐっと力を入れ……。
変身できない! 嘘だろ!
なんで? ちゃんとインターバルは取ったはずなんだが……。
思えば、ウサギになったのは昨日の夕方。それから、一度も変身を解いていないから、かれこれ10時間以上は変身状態を保っていたことになる。無論、ここまで長時間のキープははじめてだ。幼少の頃に、持続力のテストをしたきりで、ここ最近は長くても数時間の変身しかやっていない。
どうする。おそらく、変身能力の限界点なのだろう。元に戻るにしても、いつもより長いインターバルが必要になるのはあきらか。
「じゃあ、伴くんはどうですか?」
お、おい。こんなときに……。
よし、とりあえずここだけは聞いておくか。
「さぁ? 話したこともないわね」
「私もよく知りませんが、少しだけ話したことありますよ。割と爽やかな感じです」
玉城に褒められた。
でも、置かれている状況が絶望的だから、焼けた鉄に水滴が落ちるくらいのうれしさしか感じない。
「でも、変態そうな面してるわよね」
「ああ、ちょっとわかります」
簡単に同意すんな! 俺の水滴返せ!
「ん? なに?」
まずい。動揺して、布団を大きく揺らしてしまった。
三上がこっちを向く。寝返りを打つだけなので、1秒もかからない。
「どうし……」
やめろ、見るな。
「……ンヒィィィ」
俺と目が合ってしまった三上は、顔を引きつらせて瞬時に背を向けた。きっと、見なかったことにしたいんだろう。
「なんていうか、女子を見る目がやらしいんですよねぇ」
玉城は構わず俺の話を続けている。今はそれどころじゃないからやめてくれ。
「容姿はむしろ他の男子よりキレイ目だと思うんですけど……って聞いてます?」
「う、うん。大丈夫……」
「声が震えてますよ?」
「ななな、なんでもないわ」
こればかりは、動揺を隠せというのも酷だ。むしろ、すまん、三上。俺が自分の限界も忘れて浮かれていたから、こんなことになってしまった。
「……ッヒ」
三上はゆっくりと顔を傾けて、こちらを確認している。何度見たところで、そこに全裸男がいるという事実は変わらない。そのことをようやく受け入れはじめた三上だったが、鬼の形相で俺を睨んでくる。
俺は顔の前に手を持ってきて、謝罪の意を伝えるしかない。事情を説明したいところだけど今はしゃべれない。
「どうかしたんですか?」
玉城が起き上がる音。
俺は慌てて布団を被り、エステ中のOLみたいな体勢を取った。玉城に見つからないよう、なるべく身体を平たくしたつもりだけど、これでなんとかやり過ごせるか……。
「ああ、ちょっとウサギがね。暴れちゃって」
一方で、三上は玉城を避けるためか、俺の方へと身を寄せてきた。苦し紛れの言い訳も、声が震えている。
「抱っこしてあげようと思って」
ところが、三上は仰向けの状態から素早く上体を回転させ、俺の上にのしかかってきた。
マジかよ。
俺は三上の身体とマットレスの間でサンドイッチ状態。なに考えているんだ、三上……。
「ふーん、まぁ、ウサギは夜行性って言いますしね」
声がする位置からして、玉城はすでにベッドのすぐ傍まで来ている。
「そうなのよ。たまにこうやって、夜中に暴れるもんだから、私が眠れなくって」
普通に会話を交わすふたり。三上の声音はさすがに焦っているものの、玉城にはバレていないようだ。
なるほど。俺は混乱する頭で、なんとか三上の意図を捉えた。
この体勢。シルエットは少々大きく見えるけど、布団の膨らみが一つで済む。この暗闇なら、充分やり過ごすことができるだろう。冴え渡っているな、三上。
ただし、これは諸刃の剣も同然だ。
トゥクン……トゥクン……トゥクン……。
三上の鼓動が聞こえる。それもそのはず。布団をすっぽり被っている俺と、布団から顔だけを出している三上が重なっているのだ。つまり、ちょうど俺の後頭部に三上のでかい胸が乗っかっているというわけ。ウサギ状態でふれたときとは、比べ物にならない真に迫るはかなげな感触。
それだけじゃない。俺の背中には三上のやわらかい身体が密着しているし、肌と肌が触れ合う脚は、複雑に絡み合っている。
俺は激しい動悸に襲われ、全身から汗が噴き出してきた。三上の身体は重いはずなのに、不思議な浮遊感に包まれている。三上の鼓動もどんどん加速していき、パジャマが汗で湿っていく。上でどんな顔をしているのか、ちょっと心配。
「ほんと世話が焼けるのよ。私の豊満なバストに埋もれてないと眠れないみたいで……」
「そうですか。でも、その体勢だとウサギさん、つぶれてません?」
玉城の冷静なツッコミが入った。
三上はうつぶせで寝てるわけだから、そう思うのも当然だろう。
「つぶれてないわよ。や、やわらかいから、大丈夫なの」
「やっぱり、なんか変ですね……」
「変じゃないわよ!」
「なにを隠してるんです?」
「ウサギよ!」
「じゃあ、見せてくださいよ。ウサギさんの寝顔」
「ダメ! あんたには見せない」
「怪しい。本当はなにを隠してるんですか?」
誤魔化し失敗。三上の喧嘩腰の態度も相まって、完全に疑われている。
なにやら、嫌な予感……。
「ちょっと、やめなさいよ」
「さっきの仕返しです」
三上が身体をひねって揺れる布団を押さえている。
玉城が掛け布団をはがそうとしているのか!
絶体絶命! 大ピンチ!
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