第9話 謎のボロン!

 部屋の中にシャンプーの香りが充満している。

 夕飯には宅配ピザを取り、順番に風呂を済ませた三上と玉城。

 

 この機会。なんとしても、風呂をのぞいてやろうと意気込んでいた俺だったけど、さすがにガードが堅かった。どちらかが入浴しているときも、必ずもうひとりの目に晒されているため、変身を解けず、結局部屋から一歩も出ることができなかった。残念すぎる。

 

 とはいえ、風呂上がりのふたりは、実にいい香りがする。


 三上は栗色のしっとりした髪を下ろし、水色のワンピースパジャマでベッドに腰掛けている。ほんと、性格に似合わず少女趣味。見た目はバッチリ似合っているけどな。一方、玉城はいちご柄の少し大きめのパジャマで、さきほど用意した布団の上に女の子座りしている。結構かわいいじゃねぇか。


「しょうがないわねぇ。そんなに読みたいなら、貸してあげるわ」


「いいんですか? いやぁ、一応、寮生だから、あんまりお金なくって」


「あしたには返しなさいよ」


「せめて、1週間後にしてくれません?」


「ワガママねぇ」


 ふたりはさっきから少女漫画の話で盛り上がっている。俺は三上の傍に座って、その楽しそうな様子を眺めていた。


「さ、そろそろ寝ましょうか」


 玉城が布団に入りながら言った。


 時計の針は、午前1時をさしている。


「そうね。夜更かしすると生活リズムが崩れるし」


 三上も素直にうなずいて、扉の傍にあるスイッチを押しにいく。


「電気消すわよ」


 パチ。


 部屋は真っ暗。


「暗いですね」


 玉城が布団の中から一言。


「私、真っ暗じゃないと眠れないの」


 こいつ、豆球は使わない派か。別にいいけど。ウサギの目は暗闇でもよく見える。

 さて、俺はどこで寝たものか……。


「きなさい」


 すると、戻ってきた三上がベッドをまさぐり俺を探す。


「いつもウサギさんと一緒に寝てるんですか?」


「さすがに、床はかわいそうだから」


 あの三上がちゃんと配慮を……やっぱり、お前、いいやつじゃないか。


「あ、いたいた」


 俺は自分から三上の白い手に近づき、そのまま抱きかかえられると、一緒にベッドの中に入った。太陽のにおいがふわっと香った。


「いい? 寝てるときは、ぜぇったい私にふれないこと!」


 しかし、三上は俺から手を放すと、ぷいっと背を向けてしまった。しかも、変な命令付きだ。やっぱり、ちょっと嫌な感じじゃないか。


「そのウサギさん、本当に言葉がわかるんですね」


「すごいでしょ」


「なんでも言うこときくって、理解力は人間レベルじゃないですか」


 ギクッ。


「ま、まぁ、私のしつけがいいから」


 三上、わかりやすく焦るなよ。


「そういえば、飼育用のケージとかトイレもないんですね」


「うちの子は、そんなの要らないくらい賢いから」


「へぇ、そういうの、なくても飼えるんですね」


 まったく、部屋が暗くて助かったぜ。

 三上のやつ、絶対動揺して顔に出てるだろうからな。ウサギを飼ってると言った以上、ちゃんと設定を考えておけよ。いつか、こいつが真実をポロリしそうで不安だ。


「さ、もう寝ましょ。おやすみ」


「はい。おやすみなさい」


 無理にでも話を切って、ウサギ飼育に関するボロがでないようにしたようだ。三上にしては、賢明な判断だと思うけど。


 部屋は急に静かになった。

 俺は三上と同じ布団の中で、今日あった出来事に思いをはせる。本当にいろんなことがあった。三上に正体がバレ、ウサギのまま教室に入り、女子のお泊まり会に同席し……。


 さすがに疲れたから、このまま寝てしまいそうなものだけど、俺の目はギンギンに冴え渡っていて、とてもじゃないけど眠れない。


 せっかくのお泊まり。本来なら徹夜でも全然構わないはずなんだけど、ふたりとも意外と早いご就寝だ。俺1羽だけじゃ、とくにやることもないし、しばらく待って、三上の寝顔でも拝見してやるとするか。やはり、このまま寝るのはもったいない。


「ねぇ……」


 なんてことを考えていたら、三上が突然、声を上げた。


「なんです?」


「あんた、好きな男子とかいないの?」 


 唐突な恋バナ!

 どうやら、三上も俺と同じことを考えていたようだ。寝床についてから、このまま寝るのがもったいなくなったのだろう。夜はまだまだ長いってこと。


「いませんよ。あなたこそ、いるんじゃないんですか?」


 玉城もノリノリじゃん。


「いるわけないでしょ」


 チーン。恋バナ終了。

 もうちょっと広げてくれ。できれば、伴修治の評判を聞きたい。


「そういや、あんたって、男子としゃべってるとこ、あんまり見たことないわね」


「私の美貌がバレると厄介ですから」


「あっそう。とか言って、本当は男子としゃべるのが怖いんでしょ」


「そんなことないですよ。中学のときは、男子に囲まれてましたし」


「ふーん。じゃあ、ビッチってことね」


「違いますよ。私は純潔です」


「どうだか……」


「あなたこそ、男子としゃべってるところ見たことないですけど?」


「私は女子とも話さないの」


「あっ、そもそも友達がいないんでしたね。かわいそうに……」


「マジトーンの声にならないでくれるかしら……」


 玉城の嘘くさいモテるアピールと、三上の深刻な友達不足。

 やがて、玉城の「そうです!」というでかい声が響き、三上が「うっさいわねぇ」とツッコんだ。


「クラスの男子をひとりずつ評価していくやつ、やりませんか?」


 玉城の弾んだ声。

 これは三上を元気づけるために話を盛り上げているようにも見える。

 しかし、女子って普段からこんな怖いことをしているのか。俺の番が回ってくるのは楽しみだけどさ。


「あんた、なにげにテンション高いわね」


「一度やってみたかったんです」


「そうなの? そんなの、他の女子とすればいいじゃない」


「そんな性格の悪いこと、皆さんの前ではできませんよ」


「うわっ、性格わるっ!」


「いいから、早くやりましょう」


「じゃあ、誰から?」


 ボロン!


 あら?

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