第11話 女子会、におう

 まずい。このままでは、三上のベッドに潜む変質者が玉城の目に晒されてしまう。それだけは、なんとしても避けなければならないが、三上がその変な体勢で布団を押さえるのにも無理がある。


 俺は今一度、変身を試す。ここでウサギに戻ることができれば万事解決。


 しかし、現実は残酷である。 


 姿が変わる気配は、これっぽちもない。やはり、相当な体力を消耗しているらしく、少々のインターバルでは回復しないのだろう。


「三上さん、あなた、その体勢でよく持ちますね」


「伊達に鍛えてないわよ」


 実は、俺も三上に加勢して布団を掴んでいる。とはいえ、ふたりともうつぶせ状態だから、力は弱いし、正直言って結構きつい。もはや、布団が陥落するのも時間の問題か……。


「下からはがしましょう」


「あっ、それは!」


 やばい!

 脚の方は完全に無防備だから、一瞬で布団が吹き飛ぶぞ。


 さっきまでこわばっていた三上の身体が、若干力をなくしたように沈み込む。万策尽きて諦めたか……いや、まだだ。


 考えろ。脚で抵抗するのは無理。ベッドの隙間はない。シーツに隠れるのも膨らむからダメ。自分の行動はもう選択肢がない。それなら、玉城をなんとかするしか……。


 そのとき。脳裏に閃光ひらめく。


 いけるか?

 こんなので、本当に玉城が手を止めてくれるか……。


「や、やめなさいって」


 三上の力ない声が響くと、足に少しだけ空気を感じた。


 やるしかない!


 俺は手の甲に口をつけ、隙間から空気を漏らすように、力一杯息を吹きつけた。


 その瞬間。


 音は、高らかに奏でられた。



 ぶりぶりぶりぶり!



 まさに、時間が止まったかのような静寂。

 数秒の間。


 開きかけた布団が、そっと閉じられる。


「もう3時ですね。さすがに、私も眠たくなってきたので、寝ます」


 玉城の抑揚のない声が響く。


「え……」


 困惑する三上。


「ごめんなさい」


「あ、あの……」


「そんな臭そうな布団、めくりたくないので。ウサギさんご愁傷様」


「ま、待って。え、え、えぇぇ!」


「我慢していたんですね。ほんとにごめんなさい」


「ち、違うの! あれは、あれは……ウサギの! ウサギのなの!」


 声だけでわかる三上の狼狽っぷり。焦りすぎて嘘にしか聞こえない。


「誰にも言いませんよ。っていうか、別にいいじゃないですか。ま、私ならしませんけど」


「違うんだってばぁぁ」


「本当に眠たくなってきたので、寝ますね」


 玉城が布団に入る衣擦れが聞こえた。相変わらず落ち着きはらっている。というか、冷めきっている。


 どうやら、危機は去ったようだ。


 誰も屁が充満した布団なんて開けたくない。昔よくやった手の甲に口をつけて屁の音を出すやつが、こんなところで役に立つとはな。


 しかし、当然その代償も小さくないわけで……。


 玉城が去ったとわかるや否や、俺の身体から降りる三上。俺は体重に押される苦しさと、汗だくの不快感から解放されたのもつかの間。三上が怨念のこもったまなざしで布団に潜る俺を睨んでくる。暗闇に映る青白い顔は、口元がわなわなと震え、目には涙を浮かべている。


 こりゃ、本気でお怒りのようだ。


 無理もない。裸の男と密着した上に屁こきの濡れ衣まで着せられたのだ。俺はそれでも秘密を貫き通してくれた三上に感謝しなくてはならない。


 俺は何度も額をベッドにこすりつけて礼をした。


 しかし、三上は顔をゆがめながら、俺の乳首を思いっきりつねった。

 

 いってぇ! くっそぉ。全然、許してもらえそうにない。週明けにめちゃくちゃこき使われるんじゃないだろうな。勘弁してくれ……。

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