第27話 かすみちゃんはいない方がいいですね
夏祭りは夜。
あたりが暗くなると、境内はいよいよ盛況を博してくる。
ざわめきの主成分である子どもの声に加えて、心臓に響く太鼓と、少々頼りない笛の音色を感じながら、俺は1日中引きこもっていた自室(プレハブ)を飛び出した。
家族や祭りの関係者に見つからないよう、境内の石畳には入らず、屋台の裏側を通り抜ける。少し焦げ臭い粉物の香りをたっぷり浴びながら。
そして、神社入り口の石鳥居。
目的の人物たちを見つけて、俺は茂みの中に身を潜めた。
「玉城章子! あんた、どんだけ早く来てんの?」
「浴衣の着付けに自信がなくて、早めに準備をしただけです」
「だったら、家で待ってたら?」
「こんな格好で家にいるのも落ち着かないでしょう」
早くもいがみ合いをはじめている三上と玉城だった。
まったく、先が思いやられる。あらかじめ集合場所と時間を盗み聞きしておいて正解だったぜ。友達と夏祭りなんて最高のシチュエーション。三上ひとりでは不安だからな。なにかあれば、ウサギの俺が助けてやるさ。
しかし、それにしても……。
俺は茂みの陰から、マジマジとふたりを観察せずにはいられない。
まずは三上。白地に淡い紫の浴衣は牡丹柄。いつもは両肩に垂らしているお下げも、今日はくるくると後ろでまとめた和風仕様。白いうなじがなまめかしい。
それから玉城。髪型こそ普段と変わらないが、その藍色の浴衣によく合っている。浴衣に散らばる鮮やかな椿の赤は、全体の暗さの中で逆に引き立ち、色っぽさを演出している。
夏祭り、最高だな。ふたりの浴衣姿、120億点。見た目だけならマジ別人。麗しのおねいさんって感じ。繰り返すが、見た目だけなら。そう、見た目だけなら……。
「っていうか、そういう三上さんこそ、人のこと言えないんじゃないですか? まだ集合時間の15分前なんですけど」
「私はね、下見をするつもりで早く来たの。ここであんたに会わなければ、今頃いい屋台を見つけてたってのに……」
「下見するほど楽しみってことですね」
「そりゃあ、お祭りの日にしか食べられないものとかもあるし……」
「じゃあ、どうぞ、屋台の下見に行ってもいいですよ。私、待ってますから」
「そ、それは、遠慮しとくわ」
「いいですよ。私なんかに遠慮しなくて」
「ち、ちがうわよ。もうすぐ、橋本かすみが来るから、また合流とか面倒くさいでしょ」
「正直、三上さんの相手が1番面倒くさいですよ」
「なにおぉ!」
「いちいちうるさいんですよ」
「そっちがなんか嫌味っぽいからでしょ」
「はい、はい、ごめんなさいねぇ」
「ほらぁ、それそれ! それが嫌味っぽいっつってんの」
ねぇ、仲良しパートまだぁ?
こいつらいつまで喧嘩してんだよ。俺はふたりがかわいらしい浴衣姿で、キャッキャうふふと談笑してるところが見たいんだよ。
「ところで、話は変わりますけど……」
すると、俺の切実な要望が通じたのか、玉城は声のトーンを低くして、こめかみに手を添えた。玉城よ、どうかその雑談力を使って、この険悪な流れを変えてくれ。
「なに」
「昨日はかすみちゃんとなにを話してたんですか?」
「え……」
突然そんなことを切り出す玉城に、三上の手脚が固まった。
こりゃ、早速核心を突いてきたな。仲良しパートはもう少しお預けか……。
「ふたりで空き教室にいたじゃないですか」
「も、もしかして、見てたの……」
「はい。本当は中に入ろうとしたんですけどね。伴くんに止められてしまって……」
「あぁ、あ、あっそう」
三上がそっと胸を撫で下ろしている。プレゼントの秘密がバレていないとわかって、安心したようだ。
「そのあと、体調が悪くなって、伴くんに介抱してもらってたんですよ」
「ふーん」
「保健室に行くところで、ちょうど手を取って」
玉城の完璧な弁解。嘘の交え方が実にうまい。さすが、普段から猫を被っているだけのことはある。感謝するぜ玉城。まぁ、誤解の原因はお前なんだけどな。
「だから、誤解しないでくださいね」
「べ、別に、誤解なんてしてないし……」
一方、三上は拗ねたように前髪をくるくるといじっている。
「いや、めっちゃ怒ってましたよね?」
「怒ってないし」
「安心してください。私と伴くんはなんでもありませんから」
とどめとばかりに、玉城がはっきりと断言する。
「はぁ? なんで、私がそんなこと気にしなきゃいけないのよ!」
三上は語気を強めたが、その様子から察するに、誤解は解けた。なんとなく、声に余裕を感じる。
「でも、三上さん、伴くんと仲良しなんですよね?」
「誰がいつそんなこと言ったのよ」
「伴くんがそう言ってました」
「あいつ! 余計なことを……」
「嘘ですよ。伴くんはなにも言ってません」
「あっ、クソ、玉城章子! あんたねっ」
ははっ。おもしろ。三上のやつ、コロッと騙されてやんの。
玉城の弁舌にあっさりハメられ、三上は眉を尖らせ地団駄を踏んでいる。
「あいつはね、最低なの! バカで変態で……」
「あら、愚痴大会ですか」
「そうよ。こうなったら、あいつがいかに最低か教えてやるわ」
「それはおもしろそうですね」
俺の悪口で盛り上がるな。
っていうか、やっぱり三上のやつ、まだ怒ってるんだな。よく考えたら、誤解が解けたとしても、三上のご機嫌は損ねたままだから、根本的な解決にはなってないんだよな。今日どこかのタイミングで話ができるといいんだけど……。
「なんか思い出したら、イライラしてきたわ」
この様子だと、それは絶望的かな。
「いいですね。人の悪口ほど楽しいものはありません」
お前はほんと性格クソだな。
「わかってるじゃないの、玉城章子」
こんなことで意気投合すんなよ。
「でも、それなら、かすみちゃんはいない方がいいですね」
「……えっ」
その声は、祭りの喧噪の中から突然降って湧いてきた。
「かすみ、ちゃん?」
三上と玉城が帯を翻し、ゆっくりと背後に視線を移す。
水色の浴衣に身を包んだ橋本が、呆然と立ち尽くしていた。
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