第28話 手紙

「ご、ごめん、うち……」

 

 橋本は、人差し指でポリポリと頬をかく。

 満面の笑顔を貼り付けたまま。口元を微かに震わせて。


「……うち、おらん方が良かったな! ほんま、ごめん」


 そして、勢いよく踵を返した。


「あっ、待ってください!」


 玉城は1歩踏み出すも、すぐに脚を止める。浴衣の裾が邪魔をしたのもあるが、橋本の帯からなにかが落ちるのに気づいたからだ。


「……かすみちゃん」


「あいつ……」


 ふたりがもたつく間に、橋本はスルスル人混みを縫って、山の方へ消えていった。


「はぁ、かすみちゃん、変に勘違いしちゃったみたいですね」


「そそっかしい女ね」


「これは、一体なんでしょう?」


 玉城は、葉書大の白い包みを拾い上げる。おそらく、それは昨日、橋本と三上が買ったプレゼントだろう。


「開けてみなさいよ」


 三上が他人事を決め込んだようにそっけなく言った。

 玉城はそんな三上を一瞥してから、無言で包みを開ける。


「……これ」


 中には花飾りをあしらった白いヘアピンと、半分に折られた便箋が入っていた。


 玉城が微かに震える指先で、その手紙を開く。三上も手紙のことは知らなかったらしく、チラチラとその手元を気にしている。


 玉城は手紙を凝視したまま微動だにしなかったが、


「三上さん……」


 やがて、丁寧な手つきでヘアピンを包みに戻し、手紙だけを三上に手渡した。


「私、かすみちゃんを探しに行ってきますね」


「……じゃあ、私もっ」


「三上さんはこなくていいです!」


「……っ」


 玉城に強く言われて、三上はその場に釘付け。

 にぎやかな境内へと消える後ろ姿を見送り、やがて、手元に残った手紙を開けた。

 

 俺は玉城と入れ替わるように、背後から三上に近づく。

 両手で便箋を持って、食い入るように見つめている三上は、俺が来たことにも気づかない。別に足音を忍ばせたわけでもないんだけどな。

 

 俺はその真っ白なうなじに向かって声をかけた。


「よっ」


「ヒャッ」


 俺がそのやわらかい肩に手を置くと、三上は勢いよく振り向いた。甘酸っぱい香りがふわりと舞う。


「変な声あげるなよ」


「なによ。いきなり現れて……」


 俺の顔を見るなり、キッと睨みをきかせる三上だったが、


「あれ、お前……」


「あっ」


 一瞬だけ目を丸くしたかと思うと、超スピードで俺に背を向けた。

 涙の雫が提灯に照らされ、キラリと舞った。


「見ないでよ……」


「わ、悪い」


 見てはいけないものを見た気分。

 良かれと思った親切が、逆に迷惑だったと知ってしまうみたいな。三上の泣き顔くらい、なんともないはずなのに、やけに心臓がざわつく。それは、自分が今し方その涙の原因を目撃してしまったショックからか、はたまた、はかなげな浴衣に身を包んだ三上の切ない表情のせいか……。


 そんな俺のことなど見もせずに、三上は手紙の続きを読み進めている。俺は大人しく三上の肩越しに、その手元をのぞき見る。

 便箋いっぱいに埋まった鉛筆の字が、ところどころ黒くにじんでいた。




 章子ちゃんへ

 お誕生日おめでとう! 去年の今ごろは、まだ知り合ってなかったから、一緒に夏祭り行くんはじめてやな。うち山の中にめっちゃええ穴場知っとるから、一緒に花火見よな。あと誕生日プレゼント渡すんもはじめてやな。いきなりやったから、びっくりしたかな? ちなみに、プレゼントは三上も一緒に選んでくれたんやで。三上って結構ええやつやんな。章子ちゃんが、いつもうちに気つかってくれとるんは、知っとるよ。いつもありがとう。でも、だからこそ、章子ちゃんがちょっとでも、うちに素を見せてくれたら、うちもすごいうれしい。このヘアピンが、章子ちゃんが素顔になれるきっかけになったらええなぁって思って。でも、嫌やったら捨ててな。無理はせんといてな。今までどおりでも全然大丈夫やし。それで気まずくなって友達やめるっていうのはなしやからな。うちはそれでも章子ちゃんのこと好きやからな。





「あんた、なにしに来たの」


 便箋を閉じた三上。控えめに鼻をすすって、こちらに視線を寄越した。

 目が少し赤い。


「お前が心配だから、助けに来たんだよ」


「余計なお世話だっつぅの……」


 ため息混じりの三上は、縁日で賑わう鳥居の方を見つめて、


「あいつら、どこいったのよ」


 ボソッとつぶやいた。


 俺は三上の迷子みたいな横顔に、胸がモヤモヤする感覚を覚えた。


 そんな顔するなよ、三上のくせに。


 いつものお前なら、心の中で心配していても、外面だけは「ざまぁ見ろ玉城章子! 橋本かすみ!」とか高笑いしてるもんだろうが。なに橋本の手紙読んで泣いてんだよ。


 これじゃ、ただのいいやつ……。

 いや、いいだろう。ここは俺が一肌脱いでやる。


「とりあえず、玉城と橋本を探さないとな」


「でも、探すにしても……」


「橋本ならある程度絞れる」


「ほんと!?」


 三上が勢いよく迫ってきた。涙が吹き飛び、俺にきらめく視線のビームを浴びせる。あまりのまぶしさに思わず目を覆いそうになったが、三上はすぐ我に返って、頬を染めながら普段のくすんだ表情に戻った。


「手紙に書いてあるだろ。めっちゃいい花火の穴場があるって」


「あんた、読んだの……」


「いいだろ、別に」


「それは、この際置いといて、そんなので場所がわかるの?」


「俺を誰だと思ってる?」


「はぁ?」


「伴神社の関係者だぞ。この山は知り尽くしてる。花火の穴場といえば、場所の候補は絞られる」


 三上の顔が再び明るくなる。


「問題は玉城だな……」


 手紙を読んだ玉城は、ひとりで橋本を探しにいった。自分が発端になったから、責任を感じているのだろう。橋本があれほど純粋に玉城のことを慕っていたのに、勘違いとはいえ、傷つけてしまった。いや、勘違いがなくても、橋本には本性を見せたくないという玉城の言葉は、橋本を傷つけていたに違いない。


 今頃、玉城は必死になって橋本を探しているのだろう。


 俺の中で、またしても熱くたぎるものがこみ上げてくる。


 こいつらの力になってやりたい。心から強く思った。


「三上、お前は玉城を探せ」


「えっ」


「玉城はこの祭りに来るのもはじめてなんだろ? だったら、山の中には入ってないはずだぜ。多分、境内のひとけが少ないところを探し回ってる」


「そ、そっか」


 俺はリュックの肩紐をギュッと握って、


「橋本は俺に任せろ。見つけたら連絡するから、お前は絶対に玉城を連れてこい」


 くるりと三上に背を向けた。


「なぁに、かっこつけてんのよ」


 背中に三上の文句を浴びながら、俺は元来た茂みの方へと戻る。


「あんた、連絡しなかったら、ただじゃおかないからっ」


 三上お得意の罵声みたいな激励。どうやら、いつもの調子に戻ったようだ。

 俺がチラリと振り返ったときには、すでに三上の姿は縁日の人混みに紛れていた。

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