第38話 なにかがおかしい
誰かがここに来る。
俺は話の途中で口を閉ざした。
「え、なんて?」
一方、三上は足音に気づいていないようだ。俺は人が近づいていることを伝えるために、再度、三上の尻を前足でポスポス叩いた。
「なに? もう一回頭つぶされたいの?」
三上の大きな手が目の前に迫る。
ダメだ。今しがた尻を触ったばかりだから、全然反応してくれない。振り向きさえすれば、近づいてくる人影がわかるっていうのに……。
「あんた、変態行為も大概に……」
「こんなところで、独り言ですか?」
「ゲッ」
しかし、俺の合図もむなしく。
「玉城章子!」
三上がこっちを向いたときには、すでに玉城が俺たちをのぞきこんでいた。
「友達がいないからって、ウサギさんとお話ですか」
「悪い?」
背中で手を組んで、三上を見下ろす玉城。
おそらく、三上の様子が変だったから、心配して追ってきたのだろう。いや、呆れているといった方が適切か。いずれにせよ、俺と同類ってわけだ。
「それはいいですけど、かすみちゃんがせっかく気を遣ってくれたんですから、少しはそれにこたえてあげてくださいよ。あんな態度では、周囲からの印象が悪すぎます」
本日2回目の説教。なんか俺と同じこと言ってんな。
「私に指図しないでくれる?」
「これでも、一応、友達として忠告してあげてるんですけど」
軽いため息をつく玉城。とはいえ、その物腰はどこかやわらかさを感じる。
玉城としても、先日の夏祭りで三上との友達意識がより一層強まったのかもしれない。「友達」という単語を使ったのがなによりの証拠だ。言葉の節々にも優しさがにじみ出ている。
これなら、さすがの三上も素直になるだろう。
「うっさいわね。あんたなんか友達じゃないわよ」
ところが、三上の台詞は相変わらず刺々しい。というか、普段よりも言い方がきついような気がしてならない。声のトーンがいつもの冗談に聞こえない。
その棘を敏感に察したのか、玉城は少し怯んで半歩下がる。
「みんなに囲まれて、さぞかし楽しいでしょうね」
「なんですか」
「見た目が気になって、男子も寄ってきてるじゃない」
「当然です。美人という噂なんですから」
「私はね、チヤホヤされて調子に乗ってるやつが大嫌いなの!」
「私がいつ調子に乗ったんです?」
「今よ」
「言いがかりです……」
玉城が悲しそうに目を伏せる。三上はそんな玉城のことを見もせずに、専らグラウンドの方を眺めている。
「とにかく、もう私に近づかないで」
そして、まるで別れのあいさつみたいな台詞を吐いた。
玉城が息を呑む。
ふたりともすっかり黙り込んでしまい……。
「……わかりました」
やがて、玉城が泣きそうな声を残し、とぼとぼ去っていった。
なにやってんだよ、三上。
いくら玉城の人気に嫉妬したからって、あれは言い過ぎだ。玉城、本気で傷ついただろう。三上だってそれくらいの分別はあるはずなのに……。
ともかく、玉城に謝った方がいい。
俺はもう居ても立ってもいられなくなって、三上の前に回り込んでピョンピョン跳ねてみせる。
「……っ」
しかし、三上はそんな俺の動きがうっとうしくなったのか、ブスッとした顔を体育座りの膝に埋めてしまった。
仲直りする気ゼロかよっ。
そうなると、次は玉城か。なんとかこの場に止まってもらい、三上の話を聞き出すことで、関係を修復できないか……。
そんなことを考えているうちに、校舎の隅から橋本が現れた。橋本は、どんより沈んだ玉城の背中と入れ替わるように、こちらに向かって駆けてきた。
頼もしいやつが来た。
橋本なら、ふたりの仲をうまく取り持ってくれるかもしれない。
俺はそんな期待を込めて、三上の前で足を止めた橋本を見上げるが……。
「三上」
残念ながら、その第一声は重く冷たかった。
化粧気のある白く派手目の顔は、凍てつくような険しい表情。キッと眉を尖らせて、三上を睨んでいた。
「お前、やっぱり最低や」
ああっ、橋本、やめてくれ。
「全部聞いとったで」
頼みの綱であるお前まで、そうなってしまったら……。
「なにがあったかは知らんけど、なんやあの物言いは! 章子ちゃん、本気で落ち込んどったやん。うちにはわかるで。さっきのはいつもの言い合いじゃない。あきらかに章子ちゃんを傷つけようとしとった」
橋本は強い口調で三上を追求する。当の三上はずっと下を向いて黙っているが。
「章子ちゃんな、今日はずっと三上のこと気にしとったんや。それやのに、お前は、ほんま、どないしてん……」
なにも言い返さない三上を見限り、橋本は怒って校舎へと消えていった。最後はちょっと悲しそうに眉根を下げていた。それもそうだ。つい先日は、夏祭りであんなに仲が良かったんだから。
橋本が去ってからも、三上は顔を突っ伏したままで、俺としても、かける言葉が見つからなくて、ひとりと1羽は、しばらく無言で木の下に座っていた。
「三上、俺もそろそろ行くぞ? 変身しないといけないから」
俺は校舎の時計を一瞥して言った。
三上の体が微かに動いた。
行けってことだろうか。
「じゃあな。授業はサボんなよ」
結局、三上は昼休みが終わる1分前に、暗い顔をして教室へと戻ってきた。クラスメイトからの白い眼差し。橋本の誘いを堂々と無視したことは周知の事実だからな。
そのあとはもう、ひたすら寝たふり。
三上、ほんとにどうしちまったんだ。
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