第39話 ヤバい情報

 数日後。

 

 玉城は超絶モテていた。

 

 少なくとも外向きの玉城はクラス委員でとても優しいから、気軽に話しかけることができるし、なにより、その素顔に近づきたいという冒険心が男心をくすぐる。


 この状況。まさに結奈が予想したとおりだった。

 

 神社の方にも、すでに玉城との縁結び祈願が多く寄せられている。これから、数多の男子から玉城にふさわしい相手を絞りながら、縁結び活動を行っていくことになるんだが……。


 縁結びのセンスが問われる大きな仕事だ。結奈が熱くなるのも納得である。


 それから、結奈の思い通りになっていることがもう1つ。

 

 三上が玉城から離れていることだ。

 

 あの日、歩み寄ってきた玉城を全力で拒否した三上。

 ふたりの関係はすっかり壊れてしまい、同時に橋本からも嫌われてしまった。せっかく友達ができた三上だったが、またボッチ生活に逆戻り。


 結奈からも「修兄、なんだかんだで、協力してくれてるんだね」と言われる始末。

 

 俺はなにもしていないんだが?


 いや、俺はなにをしている?


 三上がボッチに逆戻り? むしろ、玉城や橋本と関係が断裂しているぶん、状況は悪化しているじゃないか。


 冗談じゃない。俺は三上を幸せにすると決めた。


 こういうときこそ、俺が動かなきゃいけない。結奈の縁結びなんて知ったことか。


 待ってろ、三上。


 お前らの関係、俺が必ず修復してみせる。




 

 ということで、放課後。

 チャイムが鳴ると同時に、俺は誰よりも早く教室を飛び出した。


 目的はただ1つ。


 昇降口で三上を待ち伏せるのだ。


 まだ薄暗いロッカー下駄箱。案の定、1番乗りである。

 最近の三上は、ホームルームが終わるなり、即刻帰宅してしまうから、これくらいの余裕は必要だろう。


 俺はひと息ついて、うちのクラスの列で三上を待つ……。


「なによ、あんた」


 すると、早速、カバンを担いだ三上が到着。


 ちょっと待って。早すぎない?


 予想外の人物がいたことに驚いたのか、俺の姿を認めるなり、キョトンとした表情でその場に立ち尽くす三上。


 いやいや、びっくりしたのはこっちだぜ。

 どんだけ早く帰りたいんだよ。


「お前を待ってた」


「はぁ?」


「実は、今日仕入れたばかりのとっておきの情報が……」


「ってか、なにロッカーに寄りかかってカッコつけてんの? きしょいよ?」


 三上は俺のことはスルーして、自分の下駄箱を開けた。


 俺はロッカーから背中をはがし、組んでいた腕をほどく。


「まぁ、それは置いといて、俺の話を聞け」


「一緒に帰る?」


「だから、俺の話を聞け」


「帰らないの? 別にいいけど」


「聞けっ」


「もう、うっさいなぁ」


 三上はローファーを持ったまま、ジト目で俺を睨んだ。


 お前が無視するからだろ……。


 しかし、俺に対する当たりはいくらかマシだな。「一緒に帰る?」なんて言ってきたし。


「で、とっておきの情報ってなに? どうせしょうもないスケベ話なんでしょ」


 つまらなさそうに、ため息をつく三上。

 早く帰りたいと顔に書いてある。


「それはな、俺の数日間にもわたる血のにじむような調査のすえに……」


「ご託はいいから」


「はい」


 三上に足を踏まれて、俺は素直にうなずく。あんまり痛くはないんだけどな。


「実は、一部の女子が早くも玉城に嫉妬してるみたいなんだよ」


「……ふーん」


 俺の口から玉城の名前が出たとたん、三上の顔色が曇った。


「そいつらは、おそらく、今日の放課後、つまり、今からなんらかの動きをはじめると思われる」


「そんな情報、どこから仕入れたのよ? どうせ、全部あんたの作戦だったりするんじゃないの?」


 三上のやつ、ずいぶんと勘が鋭くなったな。


「そのとおり。これが作戦だってことは否定しない。お前が玉城を助けることで、仲直りさせようって感じだな」


 それを聞いて、三上は俺に背を向けた。

 手に持ったローファーが、床に投げるようにして落とされる。


「だったら、私は……」


「でも、情報は間違いなく本物だ」


「……」


 しかし、俺のひと言で空気が一変。


 三上は凍り付いたように動かなくなった。


「さっきも言いかけたけど、ここ数日間、俺はウサギになってなにかないかと思って情報収集してたんだ。なんとかして、お前と玉城を仲直りさせられないかってな」


 それはもう大変な労力を要した独自調査だった。

 授業をサボって先生にはこっぴどく叱られるわ、小テストを飛ばして居残りさせられるわ、散々な目に遭った。それでも、俺は粘り強く調査を続けた。


「いろんなところに、危険を冒して潜入したんだぜ」


 例えば、女子が集まって話しているところに寄っていき、みんなから「かわいい」ともみくちゃにされたり、女子が使っている体育館に入っていき、その過激なフローラルに酔いしれたり。興奮のあまり、文字通り血がにじみそうになったもんだ。


「俺はこの耳でしかと聞いた。隣のクラスの女子が、玉城への嫌がらせを企ててることをな。今頃、西棟の空き教室で作戦会議でもしてるんじゃねぇか?」


 どこで聞いたかは秘密。あと、誰が言ってたかはわからない。だって、女子たちに抱かれている俺の視点では、顔がわからないからな。


「まぁ、玉城を助けるか否かは、お前に任せる」


 ここまで煽れば充分だろう。

 三上はずっと固まったままだが、俺はロッカーから靴を取り出す。あとは、このまま帰ったふりをして、ウサギ姿で陰から見守るだけだ。三上のことだから、俺がいるとプライドが邪魔をして行動に移せないだろうから……。


「じゃあな」


 三上の横を通り抜けた直後、背後で廊下を駆けていく足音が響いた。

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