第40話 三上の殴り込み

 体育館下のトイレで変身を済ませ、校舎内を走ることしばらく。


 いとも簡単に、三上を見つけることができた。


 ひとけのない西棟3階端の空き教室前。片膝をついた三上が、扉に耳を当てている。俺は三上の視界に入らないよう消火器の陰に身を隠し、教室内の会話に耳をそばだてた。


「マジでムカつく!」


「てか、なんでずっと顔隠してんの。バカにしてんのかな」


「あたしのヒロくんまで、あの女に……」


「まぁ、それはヒロくんも悪いけどね」


「とにかく、気に入らない!」


「どうする? とりあえずこのカバン、どっかに捨ててくる?」


「それはあとにするとして……もうちょっとしたら、委員会が終わるから、カバンをダシにして、あいつをここに連れてくるの」


「そしたら、ここでやる?」


「噂になってるけど、どうせブサイクでしょ。隠してるってことは」


「そんで、ブサイクがバレれば人気もなくなるね」


「前髪パッツパツにしてやろ」


 教室の中から、ケラケラと笑い声が響く。


 なんてやつらだ。


 委員会で席を外している玉城のカバンを教室から取ってきたのだろう。だいたい、ヒロくんの件は、ただの逆恨みじゃないか。


 それにしても、最悪だな。


 玉城は、今のところ三上や橋本のような信頼できる友達にのみ素顔をあかしている。ずっと素顔を晒す生活なんて耐えられるのだろうか。しかも、あの前髪は、短すぎると額の傷が隠せないのだ。


 事情を知る者として、放っておくことはできない。しかし、ここは三上に任せてこそ意味がある。

 俺は足のうずきを抑えながら、視線を三上に移す。「俺はお前の味方だぞ」と心の中で応援した。


 すると、三上がすっと立ち上がる。


 俺も曲がった背筋を少しだけ伸ばす。


 膝をゆっくりと上げる三上。スカートの裾が揺れ……。


 次の瞬間。


 雷鳴のような衝撃とともに、教室のドアが吹き飛んだ。


 三上、やりやがったな。


 俺は自然と口元がニヤケてくるのを感じながら、教室の中をそっとのぞき込む。


 派手目な女子が3人。一様に肩をすくませていた。


「そのカバン、私が玉城章子に返しておくわ」


 キッパリと言い切った三上は、ズカズカと歩みを進める。


 やつらは、なにが起こったのかわからないといった様子で固まっていたけど、近づいてくる三上を見て、少しずつ状況が飲み込めてきたようだ。うろたえながらも、なに食わぬ顔で笑みをこぼした。


「な、なんだぁ、三上さんか」


「なにしに来たの?」


「もしかして、話、聞いてた?」


 取り繕うかのような猫撫で声。


「だから、カバンは私が返しておくって言ってるの。早く、そこどきなさいよ」


 三上は声を荒げ質問を無視。机に置かれた玉城のカバンへと一直線だ。


 ところが、そのつま先に差し出される脚のガード。


 やつらの顔から、笑みが消えていた。


「そうだぁ。三上さんも、あの娘のことムカつかない? ムカつくよね?」


「あたしらと一緒にさ、あいつをちょっとだけ懲らしめてあげよ」


「調子乗ってるからさ。もちろん、三上さんも、協力してくれるよね?」


 気づけば、囲まれる三上。

 話を聞かれたとわかり、三上を味方に取り込む作戦に切り替えたのだ。あいつらからしてみれば、話を聞かれたのが三上で助かったのだろう。一見するとこういう嫌がらせに荷担してくれそうだから……。


「そうねぇ。確かに、あの女、ムカつくのよね」


「でしょ、でしょぉ」


 三上の肯定的な態度に歓喜する一同だったが、


「だからさ、これから、あたしらとあいつの髪を……」


「お断りね!」


 あっさりと手の平を返す三上に、顔をしかめた。


 三上は挑発するような口調で続ける。


「やるなら、私ひとりでするから。あんたらみたいなカスと一緒にしないで」


 満を持して飛び出す暴言。相手もさすがに腹を立てたらしく、首をかしげて「はぁ?」と威圧しながら、三上へとにじり寄る。


「せっかく、あたしらが下手に出てやったのに、なにその態度……」


「友達のいないあんたが何様?」


「バカのくせに、調子乗んなよ! このブス!」


 たちまち肩をどつかれる三上。


「うっさい! あんたらの方がブスよ!」


「黙れ! てめぇがブスだっつーの!」


「そっちが黙れ! このドブス!」


 罵り合いでは負けていなかった三上だが、


「……っ!」


 大柄な女子から腹に拳を食らい、その場にうずくまってしまった。


 まずい。助けに入るか? 


 袋だたきにされてからでは遅い。しかし、ウサギのまま突入しても、かえって状況を悪くするだけか。


「はぁ、最悪。こいつマジ最低」


「こんなやつにブス呼ばわりされて、超ムカつく」


 三上の動きが止ったことで、やつらも一旦落ち着いたみたい。みな口々に三上を罵りながらため息をついている。


「そうだ! ねぇねぇ、三上に罪なすりつけない? 玉城を襲うときにさ、三上に脅されてるのって言うの」


「それいいじゃん。どうせこいつの言うことなんて、誰も信じないし」


「ね、それでいこ。こいつもムカつくし」


「待ちなさいよ……」


 盛り上がるやつらの笑い声に、三上の苦しそうな掠れた声が割って入る。


「あんたらみたいなクソの思いどおりにはさせないわ。絶対邪魔してやるから……」


「ねぇ、こいつどうする? ほっといたらマジで邪魔してきそうじゃん」


「倉庫に閉じ込めとこっか」


 やつらは、ぐったりしている三上を乱暴に立たせる。腹を殴られて痛いのか、三上は両手でお腹を押さえているだけで無抵抗だ。


「こいっ」


 そして、引きずるようにして連れて行かれる。


 大変なことになってしまった。


 っていうか。俺が作戦などと称して三上を危険に晒したようなもんじゃないか。三上が苦しんでいるのに、ウサギの俺はそれを黙って見ていることしかできないのか……。


 いや、考えるべきことは他にある。


 三上は、玉城のためにひとりで闘った。つい数日前、玉城にあんな暴言を吐いていたやつのすることではない。きっとなにか事情があるはずだ。


 あいつは、今でも玉城のことが大好きだし、親友だと思っている。一連の行動を見て俺は確信した。


 だから、三上の頑張り。絶対、無駄にはしない。

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