第41話 真相

 体育倉庫は、校庭の片隅にひっそりと佇んでいる。


 部活で賑わうグランドとは点対称の場所にあり、主に体育の授業で使われる。


 正面には重厚な鉄の扉。


 ここの鍵は、今もやつらの手中にあるだろうから、開けるには少々面倒な手順を踏まなくてはならないが……。


 とりあえず、三上が心配だ。


 こんなところにひとりで閉じ込められて、心細い思いをしているに違いない。俺は倉庫をぐるっと周り、裏手にある木を登る。


 ウサギは木登りには向かないから、角度が緩いところや掴みやすい枝を見つけて、慎重に進んでいく。毛に覆われた足では木のざらつきを感じにくく、なんだか滑り落ちそうでヒヤヒヤする。


 ここは人間の方が良かったか……いや、全裸で木登りはまずいな。


 と、必死になって木に食らいつくことしばらく。


 目線と同じ高さに、横長の細い格子窓が現れた。


 人間ではどう頑張っても入れないが、ウサギならその隙間から中に入れるはずだ。


 俺は迷わず、窓に向かって飛び立った。


 自分の小さな身体が軽々と宙に浮く感覚はウサギだけのもの。人間姿のときに感じる落下のスリルというよりは、ブランコを漕ぐような安心した気持ち良さに近いが……。


 ゴチン!


 勢い余って、鉄格子にぶち当たるが、すかさず、前足を格子に引っかけた。

 後ろ足は宙ぶらりんだけど、なんとかセーフ。落ちても死にはしないだろうけど、骨折すると厄介だからな。


 後ろ脚を蹴り上げ、体勢を立て直し、うまく窓際に着地。


 さて、三上はどこだろう。


 ひと息ついて、中の様子を確認する。


 コンクリートの壁にトタン屋根の倉庫は、薄暗くて埃っぽい。この窓から差し込む日の光で砂煙がキラキラしている。


 その上、広さは教室の半分くらいだから、授業に使う備品がところ狭しと並んでいる。ボールが入った金属製のカゴが数個に、古びた木製のハードル、石灰とライン引きに赤いカラーコーン……。


 それから、くすんだ色の分厚いマット。


 その上に、三上がポツンと座っていた。


「よう、偶然だな、こんなところで」


 俺は窓際から倉庫内にシュタっと降りた。木陰の倉庫とはいえ、身体に膜を張るような蒸し暑さだ。


「っ!?」


 一方、三上は突然の侵入者にギョッとして飛び上がったが、


「なんだぁ、あんたか。脅かさないでよ」


 ウサギだとわかると、胸をひと撫でした。暗い倉庫にひとりぼっちで、やっぱり少し怖かったのかもしれない。


「お前、大丈夫か? さっきも……」


「それより、大変なの!」


 ところが、三上は切実な様子で俺の前に屈み込んだ。


 目の前に迫る三上のかわいらしいお顔。栗色の髪が汗でべっとりと頰に張りつき、制服のシャツが汗でうっすらと透けている。


「あ、あの、実は、玉城章子が髪を切られそうになってて、その、あんたにお願いしたいことがあって 、今すぐ、3階の空き教室に行って……」

 

 しどろもどろの三上。


「ちょっと、落ち着け」


「時間がないんだって!」


 完全にテンパっている。

 玉城のことが心配で、自分のことはそっちのけ。しかも、あの三上が素直に俺を頼ろうとしている。自分だって、倉庫に閉じ込められて不安だろうに……。


「玉城のことなら、心配すんな」


「えっ?」


「手は打ってある」


「え? え?」


 三上が目をグルグルさせた。


 この混乱の仕方。

 もしかしたら、三上は俺が偶然ここに居合わせたと本気で思っているのかもしれない。


「大丈夫だ。事情は知ってる。玉城の件もここに来る前に、ちゃんと対策は……」


 コツーン……。


 三上が俺の頭に優しくげんこつを置いた。


「いてぇな。いや、痛くないけど」


「早く、言いなさいよ……」


 安心したのか、三上の肩から力が抜ける。しなしなとその場に女の子座り。


「っていうか、見てたんなら、助けなさいよ」


「悪いな。さすがに、お前が殴られたときには、変身を解いて全裸で突入しそうになったけど……」


「そしたら、私があんたにドロップキックを喰らわせてるわ」


「寸前で我慢したさ。俺の目的はあくまでも、お前と玉城を仲直りさせることだしな」




「でも、あんた、そんなので縁結びの方は大丈夫なの?」

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