第7話 お泊り前提
夜になって、雨足がひどくなってきた。
屋根を叩く雨はシャワーのようで、時折、ぽちゃりと水滴の音が響く。
「お母さん、今日は帰れないって」
「あら、そうですか。お父さんは?」
「出張」
ベッドに座る三上と、カーペットの上で脚を崩す玉城。すでに落ち着きを取り戻したふたりはまともに会話を交わしており、俺は三上の尻の傍からその様子を見つめていた。
「今夜はひとりね。あした休みだし、好きなだけ夜更かしできるからいいけど」
三上は、振動したスマホの画面を人差し指で叩いている。
聞くところによると、三上のお母さんは、長距離通勤しているため、電車の運転見合わせが重なり、帰宅困難者となってしまったらしい。確かに、この雨では山間部を通る路線なんてすぐに止まってしまうだろう。玉城は歩いて来たから交通は関係ないと思うけど、安全のためにも早く帰った方が良さそうだ。
「私、泊まりますね」
なんて考えていたら、玉城がナイスな申し出をしてきた。
「この雨で帰るのも嫌ですし、三上さんもひとりで心細いでしょう?」
「全然。っていうか、あんた着替えとかどうすんの? 私の下着とか貸さないわよ」
「こんなこともあろうかと、ちゃんとお泊まりセットを準備してきました」
ニッコリと口角を上げる玉城。
おい。こいつ、最初から泊まる気で来ただろ。
「きっしょ。でも、まぁ、しょうがないわ」
お前、顔ニヤけてるな。
こいつら、やっぱり、本当は大の仲良しだったりして。
「寝袋とか枕は持ってるわよね?」
「さすがに寝袋は持ってないですよ」
「使えないわねぇ。客間から布団持ってこないといけないじゃない」
「それぐらい手伝いますよ」
なんだか、お泊まり会の様相を呈してきて、楽しくなってきた。性格がクソな二人とはいえ、女子のお泊まりに同席できるなんて、俺的にはかなりポイント高い。きっと、いいにおいする。
「でも、大方のものは揃ってますから……」
「なに持ってきたのよ」
玉城がクリーム色の大きな革カバンを開けると、三上が中身をのぞきに立った。
「DVD、一緒に観ようと思って、あと、オセロとトランプも持ってきました」
玉城。泊まる気満々どころか、お泊まり会を存分に楽しむつもりで来てやがる。玉城なら、女子の友達も多そうだから、こんなの飽きてると思っていた。いや、遊び慣れているからこそ、お泊まり会の楽しみ方を知っているのか。
「あんたにしては、なかなかいいチョイスね」
こっちもまんざらでもなさそうだ。
三上に関しては、女子でお泊まり会なんてはじめてなんじゃないか? そもそも、俺を利用して友達をつくろうとするくらいだから、この状況、うれしさを抑えきれないはずだ。
「あ、このかわいいボトルはなに?」
「シャンプーとコンディショナーです。髪は命ですから」
玉城が手の平サイズのボトルを2つ取り出す。中身はピンクがかった乳白色。
「へぇ。こんなのあるの。私、あんまりこだわりないから、いつも適当だわ」
「シャンプーは何種類も使い分けてます。今日は、これがいいと思ったので、自分でトラベル用のボトルに詰めてきました。良かったら、使ってもいいですよ」
「やったぁ。全部使い切ってやるわ」
「ちょっとは遠慮してくれます?」
女子がシャンプーの話をしている。なんて、幸福感に満ちた光景なんだろうか。さっきまであんなに汚かった二人が、春霞の中で戯れる愛らしい天使のよう……。
「っていうか、あんた、なんでそんなに前髪伸ばしてるわけ?」
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