第6話 クソ VS ゲロ

「で、なんであなたは制服なんです?」


 部屋に来てひと息ついた玉城は、紅茶をすすりながら切り出した。さっきまで、三上がいたドーナツクッションに正座しながら。


「しょうがないでしょ。準備してたんだから」


 いちいち言葉尻に棘をつける三上は、ベッドに腰かけ、俺を膝の上にのせている。


「私のためにそこまで……」


「違うわよ。あんたにだらしないところ見られたくないだけっ」


「無理しなくていいですよ」


「無理してないって!」


「ふふっ」


 口元に手を当てて笑う玉城はというと、ゆったりした白いブラウスに緑チェックのスカート。真っ白な靴下は、くるぶしを覆う中途半端な長さでちょっと野暮ったい。

 

 ちなみに、三上は制服のままだけど、靴下は脱いでいる。まぁ、着替えなかったのは片付けやお茶の準備が忙しかったのもあるけど、実際のところ、俺がいたからというのが大きいだろう。


「早速だけど、そのウサギさん、抱かせてもらってもいいですか?」


「そうね、約束だから」


 三上は俺の横っ腹を両手で掴むと、玉城の前にぺたりと置いた。


「ほら、玉城章子に抱かれてきなさい」


「か、かわいいですねぇ。おいでぇ」


 玉城が俺を抱きかかえ、そのか細い腕に全身が包み込まれる。


「うわぁ、ふわふわです」


 玉城の若干怖々したおぼつかない手つき。

 最高。

 わさわさと毛並みを撫でられる感覚が実に心地いい。あと、前髪が長いからか、爽やかなシャンプーの香りが際立って、なんだか劣情をそそられる。


「どう? いいでしょ? 私のウサギ」


 楽しそうな玉城に、三上が自慢げに胸を張る。


「いいなぁ。いつから、飼ってたんですか? 前に来た時にはいませんでしたよね」


「最近よ」


 正確には、つい1時間ほど前な。


「私、動物は飼ったことがないんですよね」


 そう言って、俺をギュッと胸に押しつける玉城。ブラウスの下のTシャツがうっすらと写っている。三上ほどのボリュームはないが、やわらかくて気持ちがいい。


 俺はそのふにふにした双丘に鼻先を埋める。


 スリスリ。ああっ、女子に抱かれるって素晴らしい……。


「ちょ、ちょっと! あんた、私が見てる前で、なにしてんの!?」


 すると、三上がでかい声で叫んだ。


「なんです? いきなり大声あげて」

 

 玉城は呆れたように三上の方を向く。俺も玉城の胸から顔を上げた。


 せっかくいいところだったのに水を差しやがって。俺がなにをしようと、玉城にとってはただのウサギなんだから、黙っておけばいいものを。


「あんた、胸に……」


 三上は立ち上がり、俺に向かってぷるぷると人差し指を突きつける。


「胸にって、こう?」


 すると、玉城がウサギを胸に押しつけるように抱いた。当然、俺は玉城の平坦に近い胸へと顔を沈ませる。


「変態よ!」


「変態とはなんです!」

 

 今度は玉城も声を荒げた。


「い、いや、あんたに言ったわけじゃなくて……」

 玉城が勘違いしていることに、三上も勘づいたようだが、言いよどむ。


「私以外に誰がいるっていうんですか」


「ウ、ウサギに言ったのよ!」


「ウサギさんに!?」


「そ、そうよ! そのウサギ、雄で発情しててだらしないから、ちょっと叱ってやったの」


 興奮気味にまくしたてる三上。眉はつり上がっているのに口元がへしゃげている。

 この場を誤魔化すのに必死と見た。


「えぇぇ……なんか、ひきますねぇ」


 玉城は俺に向かって言った。おっしゃるとおりだな。ウサギに嫉妬してるみたいだもん。


「ひくな!」


「はいはい。わかりましたよ」


 地団駄を踏む三上とは対照的に、玉城は静かに立ち上がり、


「お返ししますよ。あなたの大事なウサギさんをたぶらかして、悪うござんした」


 俺を三上に手渡した。


「なんか、嫌な感じね」


「あなたが無駄に騒ぐからです」


 俺は三上の腕に戻ったが、ふたりはなにやら険悪なムードになりつつある。


「ウサギさん、あなたの胸にはすり寄らないですね」


 そりゃ、今更三上にスリスリなんてしたら、あとが怖い。最悪殺されるかもしれないし。


「飼い主には発情しないのよ」


「そんなこと言って、本当は、ウサギさんがすぐ私に懐いたから、嫉妬したんじゃないんですか?」


「はぁ? そんなわけないじゃない。ウサギも、あんたの貧相な胸が物珍しくてすり寄っただけでしょっ」


「そこまで貧相じゃないです! Bはあります!」


「あっそ、私はDだから」


 二人は立ち上がったまま、その場でバチバチと視線をぶつけ合っている。

 玉城が部屋に来たときは、紅茶とウサギで和気藹々としていたのに、どうしてこうなった? 性格最低レベルの三上はともかく、普段は大人しい玉城まで……。


「ちょっと乳がでかいくらいで、威張らないでくれます?」


「なに? 羨ましいの?」


「羨ましくないです。あなたみたいな頭の栄養が足りてない人のことなんて」


 じりじりとお互いの距離を詰めるふたり。


 一触即発。


 俺は三上の腕から床へと飛び降り、そのせめぎ合いを遠巻きに見守ることにした。


「なによ! この嫌味絶壁女!」


「そっちこそ、バカ乳牛女ですよ!」


「最悪。やっぱり、あんたって、クソねっ」


「なら、あなたはゲロです」


「あんた、私とやる気?」


「一戦交えますか?」


 ははっ。クソとゲロが喧嘩してやがる。


 三上は瞳を尖らせた迫真の顔で掴み掛かかり、玉城が頭から湯気を出しながら、それを受け止めている。両者、どっしりと腰を落とし、掴み合った腕がぷるぷると震えている。まるで、レスリングみたいだ。


 こりゃ、どっちも同レベルだな。そのクソみたいな性格をさらけ出して孤立している三上と、猫被ってうまくやっている玉城。隠すか隠さないかの違いしかない。


 つまりは同類。

 こいつら、ある意味、仲が良いと言えるかも。

 お互いにぶつかり合って喧嘩して。これも友情だな。いいんじゃないか?

 

 そんなことを思いながら、俺はさらに低い体勢を取り、角度を変えてふたりを見上げる。

 

 三上の白いのは見えたんだけど、玉城のがあとちょっと……。


「ほら、私の言ったとおりでしょ」


「どうやら、そのようですね」

 

 気づけば、ふたりが真顔で俺を見下ろしていた。

 

 あれ? さっきまで取っ組み合いをしていたはずでは? 俺の視界にはスカートしか写ってなかったから、気づかないのも無理ないけど。


「この変態ウサギ! あとで覚えときなさいよ」


「なんか、アホらしくなってきましたね」


 俺の耳をつかんで持ち上げる三上と、スカートを手で押さえてため息をつく玉城。

 

 とりあえず、俺のおかげで仲直りしたってことで、いいかな?

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