第3章 涙の夏祭り

第24話 橋本のプレゼント計画

 いよいよ、あすは夏祭り。

 7月も第2週になると、なんだか学校全体が夏休みに半分脚を突っ込んでいるみたい。ちょうど、蝉の声が教室にうるさいくらい入ってくるようになったし、休み時間は、そこかしこで夏休みの計画が飛び交っている。

 

 だから、あすに控えた夏祭りは、俺たち高校生にとっては、素晴らしき夏の思い出におけるプロローグ。いわば前哨戦である。夏休みの計画と合わせて、やはり多くの生徒が約束を取り付けている。

 

 誰と行くか。何時から行くか。なにを着ていくか。終わったあとはどうするか。

 聞き耳を立てているといろいろ聞こえてくるが……。

 

 って、うっせーなっ!

 

 俺は誰にも気づかれないよう、そっと机に拳を立てる。俺が聞きたいのは、お前らのどうでもいい計画じゃねぇんだよ……。

 

 視線の先には、もちろん三上。

 廊下側にある橋本の席でなにやら話しているようだが、俺の席からは5列も離れているから、話の内容はまったく聞こえてこない。

 

 静かにしやがれ。クラスメイトども。あと蝉も。

 

 ちなみに、三上との親交は絶賛断裂中である。

 あれから5日間。メールをしてみても返信はないし、学校で話しかけようにも逃げるように俺を避けてくる。それでなくても、最近では玉城や橋本といることが増えて、近づきにくい。一体どうすればいいのか。そもそも、なぜ怒っているのかわからないと、仲直りへの道筋すら見えてこないんだけど。


 あれ以来、俺の心にはポッカリと穴が開いてしまった。その穴を埋めようと、気づけば、三上のことばかり考えている。


 なんであんなに怒ったんだろうか。


 橋本との友情が仕組まれたものだとわかったから? スイーツで釣ったのが気に食わなかったから? プライドの高い理不尽三上ならありえる。っていうか、だったら最初から友達づくりなんて頼むなよ。


 なんてひとりゴチていると、三上は橋本と一緒に席を立った。ふたりで教室外に出るのはこれがはじめてだ。


 なにかあるかも。


 俺は一縷の望みをかけて、こっそりふたりのあとをつけることにした。


 

 橋本は、三上を空き教室へと連れていった。

 俺は扉のすぐ傍に座り込み、中の会話に耳を澄ませる。


「三上さぁ、あした章子ちゃんの誕生日やって知っとるよな?」


「知るわけないでしょうが」


「えっ、知らんの……」


「当たり前よ。私とあいつはそこまで仲良くないって何度も」


「でも、お泊りはしたんやろ」


「それは、なんというか、不可抗力で……」


「まぁ、ええわ。それやったら、むしろ好都合や」


「なに企んでんのよ」


「あのさ、うちとお金出し合って、誕生日プレゼント買わへん?」


「はぁ?」


「あげたい物があるんや」


「ふーん、なにを買うの?」


「……」


 三上の質問に、橋本は黙り込んでしまったようだ。

 

 なにかあったのか。


 様子をうかがいたい衝動を抑え、じっと息を殺して待っていると、


「……ヘアピン」


 橋本の押し殺された声が耳に入ってきた。


「……」


 今度は三上も沈黙。


「……あんた、それがどういう意味かわかってんの」


「もちろん」


 橋本は力強く返事した。


「うち、これを機に章子ちゃんの素顔を知りたいんや。もっと言うなら、うちにも素で接してほしい」


「あいつの素なんてロクでもないわよ」


「それ、三上には心開いとるってことやん」


「そ、そうとも限らないわよ。あいつの素はともかく、素顔は見たことないし」


「そうなん!? うち、三上は章子ちゃんの素顔知っとると思とった」


「バカね。私が知ってるのは、あいつのクソみたいな性格だけよ。顔は難しいと思うわ。この前、無理矢理あいつの前髪をめくろうとしたら泣かれたし」


「マジか。章子ちゃん、泣くんや……っていうか、章子ちゃん泣かすとか、三上最低やん」


「ちゃんと謝ったからいいのよ」


「でも、それやったら、ヘアピンなんかあげたら嫌われるかも……」


「そりゃそうよ。むしろ、嫌われてもいいくらいの覚悟がないなら、やめた方がいいんじゃないの?」


 三上はお泊り会での玉城の号泣っぷりを知っている。あれはあきらかに理由ありだ。強引に迫れば友情の破綻は免れない。そういう意味で、玉城の前髪はパンドラの箱だといえるだろう。


「……でも、うち、やっぱり、このままは嫌や」


 たっぷり溜めたあと、橋本が口を開く。


「この前、三上と話してるときの章子ちゃん、別人みたいやったもん。うち、こっそり教室の外で聞いとったんや。普段からずっと本当の自分を隠してさ。三上が言うように、章子ちゃんの本当の性格はクソかもしれん。でも、うちはそれでも章子ちゃんが好きやから」


「あんた、相当あいつに惚れ込んでるのね」


「そうや。去年、うちが部活で揉めてやめよと思ったとき、親身になって相談に乗ってくれたんや。特待生のプライドなんか捨てて、初心者の子とペア組んで、また楽しくテニスできるようになった」


「まぁ、相談に乗るのは、外向きのあいつならよくやりそうだけど……」


「やから、うちも章子ちゃんの悩みとか、負の部分も含めて友達でいたいんや」


「はいはい、わかったわよ。じゃあ、今日の夕方買いに行く?」


「ありがとう! 三上! うち、ほんとはひとりでヘアピンあげるの怖かったんや」


「えぇ、私、巻き込まれたの……」


「やっぱ、三上っていいやつやな」


「それやめなさいって」


 橋本のキャッキャという声と三上の唸るような声が漏れ聞こえてくる。もしかして、ふたりでじゃれ合っているのか。俺にもちょっと見せてほしい……。


「なにしてるんですか?」


「ゲッ!」


 突然降ってきた聞き覚えのある丁寧口調に顔を上げると、玉城が仁王立ちで俺を見下ろしていた。

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