第23話 完全にデート気分

 日が傾いてきた夕方。

 テニスの試合会場をあとにした俺たちは、静かな住宅街を歩いていた。

 

 常に頭の上を焼かれていた日中とは違い、建物の影が大きくなっている。湿気で肌はべたつくものの、草のにおいを含んだぬるい風が通り抜けていく。


「なんか、今日はいいこと尽くしだったわ」


「だな」


 俺は人間姿に戻り、満足げに胸を張る三上と並んでいた。こうしてみると、三上は俺の肩くらいしか身長がなくて、なんだか愛おしくなってくる。帽子の上からでも、その頭をポンポンしたくなる。


「あぁ、お腹減ったぁ」


 どこからか味噌汁の香りが漂ってくる。


「俺はまぁまぁだけどな。スイーツのあとにカレー食い過ぎた」


「カフェになにしに行ったんだか」


「お前はスイーツ食いすぎなんだよ」


「だって、おいしいんだもん」


 答えになってないっつーの。

 しかし、ちょこっとむくれて見せた三上は本当にかわいい。なんとなくではあるけど、三上の俺に対する言動は、やわらかくなりつつあると思う。あの不機嫌が張り付いていたブスッとした顔は、いつしか丸い瞳を持った本来の童顔になっている。橋本という新たな友達もできて、最高に機嫌がいいのだろう。


「夕飯も食ってくか?」


 だから、気づけば、俺はそんなことを口走っていた。またしてもデートみたい……。


「そ、そうね……超お腹減ってるし」


 よし。三上がすんなりとオッケーしてくれてひと安心。

 なんだかうれしさが腹の底からこみ上げてきて、ますます空腹が減退する。


「ここからだと、ファミレスかな」


「どこにあんのよ」


「ほら、消防署からちょっと行ったところの」


「あぁ、あそこね。行ったことないけど」


「いいじゃねぇか。これから何度も行けるんだから」


 こくりとうなずく三上。玉城や橋本と放課後に寄り道していけばいいさ。これからの学校生活は明るい。あとは彼氏でもできれば完璧だな……。


「あっ、一応ママに電話しとこ」


「おう、夕飯用意してくれてたら悪いしな」


 三上はチラッと俺を見たあと、カバンからスマホを取り出した。


「あんたはいいの?」


「俺から誘ったんだ。気にすんな」


 三上の気遣いに、俺は思わず空を仰いでしまった。やっぱりいいやつ。


 正直、今日は本当に楽しかった。一緒にカフェでスイーツを食べて、テニスの試合を観戦して。途中、橋本との仲を取り持つためだってことを忘れそうになった。今度は、普通にデートに誘ってみようか。案外、文句を垂れつつオッケーしてくれるかもしれない。


 その前に、これからファミレスでうんと話を聞いてやろう。俺は少しでも三上と一緒にいたいと思った。


「よっしゃ。今日はパーッといこう。作戦大成功の打ち上げだ」


 財布の中身はあったかな。デザートくらいなら奢ってやれそうだけど……。


「えっ、作戦って?」


 ふと横を見ると、三上が立ち止まって首をかしげていた。


「あぁ、まだ言ってなかったな」


 あれだけ露骨にやれば、もう気づいていると思っていた。三上って、意外と騙されやすいたちなのかも。


「お前と橋本を仲良くさせるための作戦な。あの状況から玉城と一緒に夏祭りに行くには、橋本とも仲良くなる必要があるからな。今日、テニス部の試合に出るって知ったから、お前を連れ出したんだ」


「ふーん、そう」


「黙っててすまんな。でも、お前、橋本の応援なんて言ったら、来てくれないと思ってさ。なんか、スイーツで釣ったみたいになって悪かったよ。でも、結果的に大成功だったから、勘弁してくれよな」


「そう」


「でも、あんなに喧嘩した橋本と仲良くなれたのは、お前の人柄が良かったからだぜ。嫌ってた相手にも一生懸命に声援を送って……って、おい!」


 三上は俺の話も途中で、いきなりスタスタと歩き出した。俺も釣られて歩みを進めるも、三上は大股でどんどん進んでいく。っていうか、歩くの早いな!


「急に歩き出すなら、もっとゆっくり……」


「ついてくんなっ!」


 突然の金切り声。


 電線に止っていたカラスが羽ばたく。


 閑静な住宅街のど真ん中に、一閃の雷が落ちたみたい。俺はあまりの凄みに圧倒されてしまい、一瞬で全身が凍り付くのを感じた。


「あ、あの……」


 しかし、すぐに三上を追いかける。


 なぜ急に癇癪を起こしているのか。それも、今までにないくらいひどいやつ。


「ついてくんなって言ってんの!」


「ちょ、ちょっと待てよ」


 三上は走り出した。


 クソ。どうなってんだ。追いかけっこなら、さすがに俺の方が……。


「ついてこないで! これは命令よっ」


「なっ、お前……」


 それを言われると、俺はその場で釘付けになってしまう。


 まさに、最後の手段というやつだ。


 いや、そんなの、もうどうなってもいいから、追いかけて理由をきき出したい衝動に駆られたけど、俺は素直に三上の命令に従った。というより、諦めてしまった。


 あの怒りよう。追っても無駄なのはあきらかだった。


 結局、三上は俺に背中を見せたまま走り続け、数メートル先の角に消えた。

 

 俺はざわつく胸に手を当てた。

 太陽は遠くの空に沈み、夜の色が濃くなりはじめていた。

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