嫌われヒロインのかわいさは、ウサギだけが知っている

かっさいひろか

第1章 女子会?

第1話 変態ウサギと女子の香り

 6月の湿った更衣室に、あまくとろける女子の香りが流入した。

 

 俺は天井とロッカーとの隙間(約30cm)に身を潜め、賑やかな室内を隅々まで見渡していた。


 体操服に身を包んだ女子たち。まるで満員電車のよう。

 バタバタとロッカーの扉が開き、みんなが服を脱ぎはじめる。


「マドカ、そのブラかわいい!」


「先週モール行ったときに買ったんだ」


「いいなぁ」

 

 いいなぁ。ここからだと、その水色レースにつつまれた素晴らしい谷間が拝める。


「放課後、駅前寄ってく?」


「うん、いいよ。アイス食べたい」

 

 これもいい。羽織った制服の白シャツを押しのける胸のふくらみ。


「そうそう、ヒカルちゃん告られたらしいよ」


「マジ? 例の?」


「うん。でも、断ったんだって」


「やっぱりぃ。ウケるわ。ざまぁって感じ」

 

 こちらは、珍しくパンツを晒している。強烈な黒。制服のシャツとやわらかそうな太ももとの対比がパーフェクト。


 体育の着替えって、実はほとんどの女子がスカートをはいたあとに短パンを脱ぐから、下を見る機会が意外と少ないのだ。


「このオレンジのやつ借りてもいい?」


「どうぞぉ」


 それから、俺の鼻先にふわりと石けんやフルーツの香りが漂ってきた。


 こいつは制汗スプレーの仕業だ。蒸れた女子成分で甘ったるくなった空気に、さらりと流れる清涼感。頭がクラクラする。


 この独特のにおいを記憶に刻みつけることで、俺の脳裏にはいつでもこの最高の光景がよみがえって……。


 ジイィ……。


 ヤバッ! 目が合ったかも!


 俺は素早く奥の暗がりに身を隠した。

 あまりの絶景と香りに酔ってしまい、女子のひとりがこちらを見ていることに気づかなかった。ちょっとしたミスである。

 

 バレたか?

 

 俺はおそるおそる陰から顔を出す。

 さっきの女子は、こちらに背を向けてロッカーの中をあさっていた。どうやら、大丈夫だったみたい。

 

 それにしても……。

 

 三上京子みかみきょうこ。きれいな後ろ姿だ。

 

 なめらかな背中を白いブラが横切り、両側で結んだ栗色のおさげ髪が垂れている。下はすでに制服のスカートをはいていて、ちょうどシャツを羽織ろうかというところ。


 顔はかわいいはずなんだけど、いつもしかめっ面でくすんだ印象が強い。運動も勉強もできない上に、気が強くて口も悪いから、クラスでは浮いている。

 

 その癖のある雰囲気も嫌いじゃないけどな。

 

 俺は三上の着替えを最後まで見届け、やがて、部屋が空っぽになり、喧噪は遠くの廊下へと移った。

 

 実に清々しい時間。これがやめられない。

 

 俺は、クラスの女子が秘めたささやかなエロスを思い出しながら、床に飛び降りた。

 

 こんな使い道があるなら、この身体に生まれたのも悪くない。

 

 そう思って見つめる先には、なめらかな白い毛並み。


 俺、伴修治ばんしゅうじは、地元にある縁結び神社の跡継ぎ息子。加えて、伴の血を引く者には、生まれつき備わる秘密の力がある。


 それは、恋する者たちを正しく導くための超能力で、多くは心が読めたり、近い未来を予知できたり。

 

 それなのに……。

 

 俺の力は、自分の身体をウサギの姿に変えられるというもの。


 なんでも、ウサギは縁結びのシンボルなんだとか。だからどうしたと言いたいけどな。ウサギになったからって、人を導くことなんてできないし、こんな変身だけで縁結びは勤まらない。

 

 そういうわけで、俺はこの変身能力を有効活用することにした。

 

 だって、確実に縁結びよりものぞきに適しているんだから。

 さっきみたいに、女子に目撃されても、ただ野良ウサギが迷い込んだだけに見えるという完璧な保険つき。


 俺って、のぞきの申し子だな。

 

 とはいえ、あまり大勢の前でウサギになるのは避けたいところ。なぜなら、ウサギへの変身は、自分の体力で行っているからだ。

 

 もしも、衆人環視の元、ウサギから人間に戻ってしまったら……。


 正直、あまり考えたくはない。


 全裸だし……。


 さて、そろそろ俺も教室に戻らないと。帰りのホームルームに遅れてしまう。

 俺は人間に戻ってドアノブをひねるため、一瞬だけ変身を解こうとした。


 そのとき。

 

 ダン!

 

 突如として、入り口のドアが音を立てた……。

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