第40話 文化祭 後編
文化祭当日――事件は起きてしまった。
なんと本番直前に麦穂が風邪を引いてしまったのだ。
「薬飲んだし、学校に行けば良くなるよ」と、いかにも体育会系のノリで登校してみたものの、教室につくと熱は下がるどころか上がっていく一方だったので、さすがに最上先生に付き添ってもらって保健室へ連れていかれた。
「ごめんね……みんな……せっかく全員で準備してきたのに……」
本人としては忸怩たる思いであることは間違いない。夏休みも(宿題そっちのけで)人一倍準備に取り組んでいたし、誰よりも本番を楽しみにしていたんだからその悔しさは痛いほどわかるよ……。
「麦穂ちゃんは保健室でゆっくり休んでて。あとはこっちでなんとかするからさ」
海は元気付けるためにそうは言ったが、麦穂の代役を立てようにも、今からでは代役を務められるようなクラスメイトなんていやしない。
そもそも台詞だって覚えてないし、白雪姫の衣装が合わないと話にもならない。
さすがに今からでは間に合わないんじゃ――
クラスメイトのほとんどが諦めかけたとき、唯一諦めていない人物がいた。
「そうだ……真魚君。こっちに来てくれるかな」
「へ?」
クラスメイトの不穏な視線を背中に浴びながら、海にされるがまま引っ張られていくと、保健室に辿り着いた。
なんだか嫌な予感がするんだけど……。
「あ、あの、海さん?に何をしに……」
「失礼するよ」
僕の問いに答えずに扉を開くと、ベッドで横になっている麦穂の傍らで、最上先生が看病をしていた。
「あらあら~どうしたのぉ?麦穂ちゃんならぁ~今寝たところよ~」
やっぱ無理してたんじゃないか――
寝ているとはいえ、麦穂の寝顔は赤く染まり、苦しそうだった。疲労が知らず知らずのうちに溜まっていたんだろうと先生は語る。
「先生。非常事態なので手を貸してください」
「「へ?」」
はからずも先生と僕の間抜けな声が
「あらぁ?海ちゃんがぁ私に頭を下げるなんてぇ~一体どうたのかしらぁ~?」
「あなたの特技を貸してほしい――」
「――というわけで、真魚君。君には今から『白雪姫』になってもらうけど、いいよね?」
「いいよ、じゃないよ。正直嫌な予感はしたけど、また女装しろだって?体育祭であんな思いしたのに?無理無理無理!絶対に無理だから!」
それに声を大にして反論させてもらうけど、それは身体を拘束されてる状態で尋ねてもただの脅迫にしかならないから。
どこぞのスパイよろしく、最上先生に背後から見事に動きを封じられていた僕は、背中に特上の柔らかさを感じながら必死に脱出を試みていた。
なんと海の案で、白雪姫の代役として急遽僕に白羽の矢が立ったのだ。
それを聴いたときは流石に耳を疑った。そして海も緊急のトラブルに血迷ったのかとさえ思った。
「あらぁ?私も~海ちゃんのアイデアに~賛成よぉ?というより~この場合~適任じゃなぁい」
適任?僕が!?一度広辞苑で意味を調べるといい。すると、先生の戯れ事に海も乗っかってきた。
「思い出してごらんよ。体育祭の時のあの光景を」
「あれは……」
確かにあの時は僕の女装姿はバレなかった。ただ、あんな奇跡が二度も続くと思うほど、僕は自分の女装姿に自信を持っているわけではない。
自信持ってる時点でヤバイけどさ。それはある意味最澄を越える逸材だ。
動くこともままならない僕に海は近寄ってくる。
なんだ、何をする気だ!と身構えると、耳元で囁く――
「ここはさ、男の見せどころじゃないかな。麦穂ちゃんの頑張りを側で見てきたんだろ?なら彼女のためにも一肌脱いで助けてあげるべきだと、私は思うよ。ひいてはクラスメイトのためにもなる。それに……私もこの窮地をどうか助けてほしいと願ってるんだ……」
強制はしないけど、と微笑みながら楔を打ってきた。とことん僕は海に弱いなと痛感させられる。きっとこれからも口では敵わないんだろうなぁと。
でも、頼られるのは悪い気分ではなかった。
チョロいと思うなら勝手に思えばいい。
男の見せ所が女装姿というのは腑には落ちないけど――しょうがない。皆の為にも一肌脱ぎますか!
「おい……このままだと時間になっちまうぞ」
「麦穂ちゃんどころか、海ちゃんまでいなくなっちゃうし」
「おい!誰か代わりに出来ないか?白雪姫はずっと寝ているとして……せめて王子役を」
「待たせたね……代役は見つけてきたよ」
「はぁはぁ、ちょっと待って!この格好走りにくいんだか……ら?」
はい。見事にクラスメイトはどよめいております。ギリギリで間に合った海と、手を引かれてやって来た僕に視線が集中します。
最上先生の手にかかり、あの日の女性(仮)として皆の前に姿を晒しているのですから。
悲しいかな、一応は男なのに、麦穂のサイズに合わせて作った衣装がビックリするほどピッタリだった。
そして、クラスの誰一人として僕が変装していることに気がつかない。
「さてと、それじゃあ準備も整ったことだし、麦穂ちゃんの分まで頑張ろうか」
舞台袖に到着する三十分前――
「代役は決まったのは良かったけど……台詞は諦めるしかないね」
全てが万事上手くいくわけではないからね、と海は少し悔しそうな表情を見せた。
時計を確認すると、開演時間までは残り三十分を切っている。
今ならまだ間に合うかな――
「……台本貸して」
「いや、気持ちは嬉しいけど、流石に今からじゃ」
「いいから貸して。大丈夫だから」
「大丈夫。任せてよ」
それから、どうなったかって?
スタンディングオベーションを見れば結果はわかるでしょ。見事に麦穂の代わりに演じきって見せたよ。
文化祭が終わった後、保健室で麦穂に結果を報告すると素直に喜んでくれた。その顔を嬉しそうな顔を見て、引き受けて良かったと心底思った。
「それにしても……あの短時間で台詞を覚えるなんて驚いたよ。まさか真魚君にあんな能力があるなんてね」
「能力ってほどじゃないよ。ただ、台詞を覚えるのは昔から得意なんだ」
「そうそう。まーくんは昔からアニメの台詞とかすぐ覚えてたもんね」
そう。今ではもう殆ど記憶がない父さんの前で、僕は好きなアニメの台詞をそれはしつこく披露していた。それに文句も言わず付き合ったくれたあの頃の記憶だけは、今でも僕の数少ない大切な思い出だ。
「そういえば、真魚君は西友になりたいんだよね」
「第一話のじっちゃんのボケをここで繰り返さないで。まだ登場すらしてなかったでしょ」
「ふふふ。でも、本当に助かったよ。僕も皆も救われた。僕が救ってやらねばいけない立場なのに、まだまだ修行不足だね」
一体いつまで修行をするつもりだと問えば、無論死ぬまで――と何処かで聞いた覚えのある名言を語る。
否、甦っても修行の身なら、きっと終わりは無いんだろうな。
そんな会話に興じていると、
「失礼するよー」と、突然闖入者が姿を表す。
「「え?」」と、僕と海は目を丸くした。
「……」海は無言でその女性を睨んでいる。
仁王立ちしていたその人は、苦い思い出が残るアイドルグループ『ニルヴァーナ』のリーダー、メグミだった。
なんでここに?という疑問が口から出てくる前に、彼女は僕を見つけると一言放った。
「あんた、私と付き合いなさいよ」
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