第46話 修学旅行の夜

「ったくよ~どうして男子と女子が別々の班に別れないといけないんだよ」


 京都についてから、同じ班の若林君の愚痴が止まらない。それに追従するように同じ班の男子が、次々に学校の旧態依然としたやり方に文句を垂れている。

 ようは男子だけなのが気に入らないということだ。

 彼らの怨嗟は旅館に到着してもなお止まらず、もし飲酒できる年齢なら、愚痴を肴に酒が進んだことだろう。酒の代わりに片手にはオレンジジュース。

 彼らの気持ちはわからなくもないけど、もし麦穂と一緒の班だったりしたら……とてもじゃないが気まずくて耐えられない。

 一人別次元のことを考えていると、突然肩を掴んできた若林君が、玩具を見つけたとでもいうような表情で尋ねてきた。


「ところでよ。あの三人の中から誰を選ぶんだよ」


「へ?な、なんのことかな」


 ほら、きなすった。


「はぐらかすなよ。いい加減誰か一人選べコノヤロー」

「我らの女神ヴィーナス三柱のうち誰にするんだ」


 やはりこうなったか、と修学旅行の夜を呪う。

 クラスメイトからしてみれば、僕の人間関係は長い夜には格好の話題なんだろう。


「惚けんなよ。未だに納得できないが、空色があのマドンナ三人からモテてるのは間違いないだからな。ここだけの話……誰が好みなんだ?ん?」


「あー!もう、煩いな。そんなこと話すわけないだろ!」


 繰り返される尋問が鬱陶しかったので、ジュースを買いに行くという口実で部屋を飛び出し、自販機でジュースを買おうとすると、同じタイミングで同じようにジュースを買いにきた麦穂と鉢合わせてしまった。


「お、おう……」


「あ、うん……」


 挨拶とも言えぬ言葉を交わす。思い返すと、あの日告白されて以来、まともに口を利いていなかった。

 目当てのジュースを買ったはいいものの、お互いその場を離れようとはしない。


「……あのさ、少し外を歩かないか」


 気まずいのは確かだけど、この機会を逃したら、ちゃんと麦穂に想いを告げられない気がした僕は、精一杯の勇気を振り絞って中庭まで一緒に歩いていった。



 その後ろ姿を見ていた人影が、二つあることも気付かずに――



「ねぇ……これって田処さんの告白に答える気なんじゃないかしら」


 私より先に二人を覗いていた長内さんは、いてもたってもいられない様子で話しかけてきたけど、私も彼女とそう変わらない程度には心が揺れていた。むしろ私の方が動揺していたかもしれない。


「だとしても、何か問題でもあるのかい?あくまで真魚君が決めることであって、別に私達には」


「じゃあどうして私と一緒にコソコソと隠れ見てるのかしら」


「そ、それは……」


 自分でも制御できないこの気持ちはなんなのか、私はずっと図りかねている。

 まさか、よりにもよって真魚君と麦穂ちゃんが連れだって中庭に歩いていく光景を目にしてしまうとは――

 ただの散歩か?いや、そんなはずがない。

 きっと、あの日の告白の答えを真魚君は伝えるはずだ。背中からはそんな覚悟が窺える。

 修学旅行で想いを伝えると言っていたのは、告白にイエスと答えることを指していたのだろうか――考えるだけで、とっくに捨てたはずの醜い自分が姿を表す。


「ここじゃ二人の会話が聴こえないから、もっと近くに寄らないと、って空乃さん……どうしたの?」


 尾行を続けようとする彼女の腕を掴んで引き留める。やっぱ、これ以上私達が関わっちゃいけない問題だ。


「あとは、二人の成り行きに任せよう」


「ちょ、引っ張らないでって、ねぇ空乃さん聞いてる?」


 この気持ちには、そっと蓋をしておくべきだ――




「まーくん。話って……なに?」


 中庭の、人の目につかない所までやって来ると、まーくんは足を止めて振り返った。

 話、ね。そんなことは聞かなくてもわかってる。ずっと一緒にいた幼馴染みだから、顔を見れば何を考えてるかくらい直ぐにわかるんだから。


「あのさ……告白してくれたことは、正直すごく戸惑った。だって初めての告白だし、まさか僕がされるほうなんて夢にも思わなかったし、それに相手がまさか麦穂だなんて、もうこれでもかってくらい驚きの連続だったからさ」


 ちゃんと返事できなくてごめん、と申し訳なさそうに頭を下げるまーくんは、本当に今日まで悩んでくれてたことがわかった。

 だからこそ、返事を聞くのが怖かった。勢いで伝えてしまった告白を、まーくんは受け入れてくれるのか、それとも――


「今、ここでちゃんと伝えるね。僕は――」






「おはよう。田処さん」

「おはよう。麦穂さん」

「あ、おはよう長内さん。それに海ちゃん」


 翌朝、麦穂さんに声を掛けると、妙に明るく、それでいてどこか吹っ切れたような顔をしていることに気がついた。

 もしかしたら、真魚君の返事は――



「もしかして、フラれた?」と、他人の領域に土足で踏み込むような長内さんの質問に、少し困ったような顔で答えた。


「うん。それは見事にフラれたよ」


 麦穂ちゃんを、袖にした?どういうこと?

 頭の中が、一度目の人生でも経験したことがないほどに誤作動を起こしていた。

 つまり、他に好きな人がいるってこと?


「誰か他に好きな人がいる、とか」


 またもや長内さんがデリカシーにかける質問をぶつけたけど、「さあ?どうかな~」と、上手くはぐらかされてしまった。

なんだか、少し大人びて見える。


「フラれちゃったけど、後悔はしてないよ。出来れば……まーくんの願いが叶うことを祈ってるよ」と、微笑むように語っていたのが印象的だった。



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