第45話 歯車は動き出す
今日は珍しく田処麦穂と近所のファミレスにやって来ていた。なにやら話があると、深刻そうな顔で尋ねてくるもんだから、いったいどんな面倒事だと身構えたけど、身構えるだけでは到底覚悟が足りない話だった。
「……えっと、ごめん。今なんて言った?」
人って、予期しない話を耳にすると、本当に聴こえない振りをするんだなぁと一つ賢くなったと同時に、麦穂さんの突然すぎるカミングアウトに生まれて初めて度肝というものを抜かれた気がした。
もう少しで彼女の顔面をメロンソーダで汚すところだったけど、でもそれくらいの衝撃があったのだから仕方ない。
「だから……まーくんに……ゴニョゴニョ」
「そこをはっきり言いなさいよ!空色君にどうしたって?」
気づくと語気が荒くなっていた。だって、もしそれが本当なら、機を窺って悠長に構えてる場合じゃないから。
「まーくんに……その、告白したの」
……何てこった。思わず天を仰ぐ。煤けたシーリングファンがグアングアン鳴っていた。私の頭もグアングアン鳴っている。
まさか、私の見立てだと三人のなかで下馬評だった田処麦穂が、最終カーブで先頭を行くとは思いもしなかった。
幼馴染なんてポジションは、古今東西九割九分ぽっと出のヒロインに主人公をかっ拐われる不遇のキャラだとタカを括っていたというのに、ここにきてまさかの行動力を見せつけられた私は、内心穏やかではいられるはずもない。
「い、い、いつ空色君にこ、こ、告白したのかな?」
動揺しすぎだ私。とにかく落ち着け。みっともない。
「……先週。告白はしたけど、でもまーくんから答えを聞くまえに帰っちゃったから……」
「そ、そ、そうなんだ」
答えを聞いてない――つまり空色君も迷ってるということ?これはマズイ!由々しき事態よ!
テーブルの下で隠れてLINEを送る。相手は夏野向日葵。目にも止まらぬ速さで文字を打ち込む。
『タイヘン、ソライロクン、コクラレタ』
なんだか電報みたいな一文になってしまったことはさて置いて、一分も経たない間に返信が届いた。
『それ、なんてラブコメ?』
本当になんてラブコメなんだと、叫びたくなる。
小学生の時に縁を切っていたひまわりと、こうして再びやり取りできるようになったのは、なんといっても空色君のおかげで感謝してもしきれないけれど、こと恋愛に関しては別。
私以外の誰かになびかれても困るんだから。
「告白してすぐにその場を離れるのは、さすがに悪手だったんじゃない?」
「だよね……。あ~あれからまーくんはよそよそしいし、気まずくて話しかけられないし、どうしよう~」
どうしようはこっちの台詞だ。先手を打たれたのは痛すぎる。空色君が麦穂さんのことをどう想っているのかはわからないけれど、下手をすればなびく可能性だって無きにしもあらず……。
こうなったら……私も新たな
先週から、なんだか真魚君の様子がどうにもおかしい。
話しかけても上の空だし、返事を返してくれたとおもってら、「ああ」「うん」「そうだね」なんて生返事ばかり。なんだか私が蔑ろにされてる気がして、ついムッとしていると、ある可能性に思い至った。
「もしかして、麦穂さんと何か関係してるのかな?」
「は、はぁ!?な、な、なにを仰ってるのかよくわからないんですけど~。別に麦穂にこくゲフンゲフン。な、なんもないし!」
「何かあったことだけはよくわかったよ」
少し探りをいれただけでこの慌てようだ。分かりやすく狼狽するし、それに見ててこっちが恥ずかしくなるほど顔が真っ赤じゃないか。
この一週間ほど、真魚君の様子はおかしかったけど、同じタイミングで麦穂さんも様子がおかしかった。
普段は真魚君としつこいほど話をしているはずなのに、会話どころかただの一度も顔すら合わせていなかったのだ。
何かに悩んでるというか、いつもの明るさが微塵も感じられなかったことを不審に思っていたけど――
どうやら真魚君が既に自白を済ましたようなものだし、なんとなく事態は理解した。気もそぞろな原因は、麦穂さんに告白でもされたんだろう。
「ねぇ真魚君。その話をよく聞かせてくれないかい?」
それから半ば強制的に話を聞いてみると、なるほど、真魚君のしどろもどろの説明で事情は把握した。
麦穂さんもやるときはやるんだなって感心したけど、それ以上に私は真魚君に確かめたいことがある。
「結局さ、真魚君は麦穂さんにどう答えるつもりなの?」
もし、真魚君が彼女の想いに堪えたら――私はその時どうするのだろうか。想像してみたけれど、結果的にただただ胸が苦しくなるだけだった。
苦しくなって、そんな未来が訪れる事を望まない、醜い自分がいることに気がついてしまった。
即身仏になってまで衆生の幸福を祈った私が、たった一人の男の子に対する気持ちを押さえきれずに、同級生の不幸を、一瞬でも考えてしまったことに愕然とした。
「どう答えればいいのか、僕もよくわからないよ。だけど、今度の修学旅行で僕の気持ちは伝えようと思ってる」
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