第44話 分かれ道
ぼーっと眺めていた車窓の外は、すっかり日が傾いていていた。燃えるような夕焼け空が、今の僕の目には物悲しく移っている。
スマホの画面には、連絡先を交換したばかりのメグミからメッセージが届いていた。
「ドンマイ」の四文字が、結果を物語っている。
「合否は追って伝えます」
与えられた課題が終わると、担当者の無機質な声でオーディションの終わりが告げられた。
――何もできなかった……。
せっかくメグミの計らいでオーディションに参加させてもらったというのに、いざ試験が始まると、武器を何一つ持たないまま戦いに臨んでしまった事を痛感させられた。
後悔することすら
そりゃそうだ。僕以外の参加者は皆年上ばかりで、しかもしっかりと実力を兼ね備えた人達ばかりだったのだから――
メグミが話していたように年齢は関係ないのかもしれない。でも、年齢を問わないということは、すなわち実力が全てであることにどうして気がつかなかったんだ。
何もかも足りなかった僕は、猛者のなかに裸一貫で飛び込んだ結果、何も爪跡を残すことが出来なかった。最初から勝負になんてなり得なかったんだ。
最寄り駅に辿り着いて、自分の不甲斐なさを噛み締めるように重い足取りで自宅まで歩いていると、ちょうど部活から帰ってきた麦穂が手を振って走ってきた。
三年生はとっくに部活を引退している時期なのに、彼女が下級生に混じって参加しているのには理由がある。
「まーくん一人で出掛けてたの?珍しいね」
「まぁね。それよりスポーツ推薦決まったんだって?良かったじゃん」
麦穂は陸上部での実績を買われ、僕でも知っているような全国クラスの強豪校から声がかかっていた。それも複数校から。
純粋に凄いなと尊敬するし、受験勉強から解き放たれたことへの若干のやっかみもあった。
「でも……どうしようか悩んでるんだよね。まーくんはどこの高校にするか決めた?」
当たり前のように合流して、同じ歩幅で隣を歩く麦穂が問いかけてきた。
進学――これまで漠然としか考えていなかった未来がすぐそこまでやって来ている。
このまま普通に進学するのか……。質問の答えに窮していると、麦穂は僕も予想だにしていなかった話をしだした。
「私ね、高校もまーくんと一緒の学校にしようかなって考えてるんだ」
「はぁ?」
そんな話は寝耳に水もいいところ。
てっきり陸上の強豪校に進学するものだと思っていたから。
「僕と同じ学校だって?せっかく強豪校からスカウトされてるってのに、高校まで僕と一緒のつもりかよ」
「陸上は何処だって出来るしね。ずっと二人一緒だったんだから、高校も一緒だって構わないでしょ?」
そもそも僕は進路さえよく決まってない。夢はあるけど、そこまでの道筋なんか考えてなかった。
いくら幼馴染だからといって、将来を期待されている麦穂の三年間を棒に振るような真似はしたくない。考え直せと伝えると、
「だって……まーくんと離れるのが嫌なんだもん」と、確かにそう言った。どうして僕と一緒なんかがいいんだよ。
「はぁ……。鈍感なまーくんに伝わるわけ無いのはわかってたけど、ここまで言ってもわからないと、ちょっとショックだなぁ」
わざとらしく溜め息をつくと、急に立ち止まって僕の腕を掴んだ。その瞬間、あの花火大会の夜がフラッシュバックした――そういえば、あの時も海に掴まれて何かを告げられたっけ――
この場にいない別の女性の事を考えるなんて、後で振り返ると失礼千万な行為だけど、次第に僕の腕を掴む力が強くなると、麦穂は意を決したように告げた。
「私ね、まーくんのことが好きなの」
「な、なんだよ。急にビックリするなぁ。そりゃあ僕も麦穂のことは友達として」
「友達としてでも、幼馴染としてでもない……一人の女性として、まーくんのことが好き」
それだけ話すと、何も答えられないまま佇んでいる僕を残して、勝手に走り去ってしまった。
オレンジ色の空は、いつの間にか夜の帳が落ち初めている。
これまでは確かに一緒の道を歩いていたはず――だけど、僕が気づかなかっただけで、とうとう分かれ道に差し掛かったことに気づいてしまった。
ずっと変わらないままではいられない。
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