第43話 前進
「あら、本当に来たのね」
自分から発破かけといてよく言うよ。
僕が事務所に訪れる事をマネージャーさん経由で聞いていたメグミは、僕の姿を見つけるなり挨拶代わりとでもいうように憎まれ口を叩いてきた。
女装姿でない僕には興味がないらしいけど、こうしてエントランスで待ち構えてる辺り、実は面倒見が良かったりするのではと勝手に思っていた。そんな邪推をしていると、「はぁ?勘違いしないでよね。別にアナタの為じゃないんだから」と、逆に新鮮なお言葉を頂戴しました。
そういえばツンデレって身の回りにいなかったっけ。
「それにしても……こんなに早く来るとは思わなかったわよ。まぁ私には関係ないけれどね。それより御姉様は来てないの?」
まったくぶれない海への思いは尊敬するが、残念ながらお目当ての海は来ていないことを伝えると、わかりやすく肩を落とした。
メグミには申し訳ないけど、海には今日芸能プロダクションに来ていることすら伝えていない。
先日、僕とメグミの間にあった出来事を帰宅してから伝えた際に、気のせいかもしれないけれど海が暗い表情を見せたから。
自惚れかもしれないけど、それは僕だからわかった微妙な変化だったのかもしれない。
「そうなんだね……よかったじゃないか」
糊で張り付けたような笑顔が、僕の胸をキュっと締め付けた。
あれから声優の事は話題にせず、今日芸能プロダクションに訪れることも誰にも内緒にしていた。母さんですら知らない。いや、母さんにはバレてるかもしれないけど。
「アンタが来るなら御姉様も来るかと思っていたんだけどねぇ。まぁしょうがないか。御姉様としては応援できない立場でしょうし」
「応援できない?なんで?」
「なんでって、それは……ああ、聞いてないのね」
妙に引っ掛かる彼女の態度に物申したくなったけど、彼女の雰囲気がそれを許していないような気がして、僕もそれ以降はその話題に関しては口をつぐんだ。
それよりも、これからの事を考えると緊張して仕方なかった。何せ今日はオーディションなのだから。
「ねぇ、母さん。母さんの子供の頃の夢ってなんだった?」
数日前、母さんに何の気なしに尋ねてみた。
「何よ藪から棒に」
「いや、そういえば聞いたことがないと思ってさ」
僕の唐突な質問に、家事を一時中断した母さんは、怪訝そうな顔で振り返り返事をした。
母さんの夢もそうだけど、今は亡き父さんの夢も、僕は聞いたことがなかった。
「そうね~。母さんは真魚と同い年の頃は、スチュワーデス、って今ではキャビンアテンダントって呼ぶんだったわね。空のお仕事に就きたいと思ってたわ」
「そうなの?母さんってそんなイメージ無いけどなぁ」
普段はお節介ばかり焼いて、怒ると恐い母さんがキャビンアテンダントの制服に身を包んでる姿を想像すると、どうにもこうにもしっくりこないというか、控えめに言って全然似合っていなかった。
「でも、大学を卒業してすぐに父さんと結婚して、専業主婦になったんだよね?後悔はしなかったの?」
「後悔はしてないわ。お父さんもね、教師になるって夢があったんだけど、お爺ちゃんに『夢か娘かどちらか選べ』って迫られたもんだから、夢を捨ててまで婿養子としてお寺の跡を継ぐ決心をしたのよ。そんなお父さんだから私も全力で支えようって決心できた。自分が選択したんだから、後悔なんてこれっぽっちもないわ」
そこまで話すと、母さんは母親の勘とやらで察したのか、ニヤニヤしながら僕に擦り寄ってきた。
「真魚。あんた将来のことで悩んでるんでしょ」
「まぁ……うん」
なるほどねぇ、と感慨深そうに頷くと、箪笥の奥から一枚のDVDを取り出して僕に手渡した。
「これはね、真魚が小さい頃に父さんが撮っていたビデオよ。これが役に立つかどうかはわからないけど、一度見てみるといいわ」
自宅にて~とマジックで書かれたDVDを再生すると、まだ幼稚園児くらいの僕が大きく写し出された。
どうやら父さんはビデオカメラの扱いが下手なようで、散々ぶれる画面の中の僕がなにやら変なダンスをしながら、昔のアニメのキャラを演じていた。
これは……恥ずかしい。母さんはこれを僕に見せてどうしたいのか、と勘ぐっていると、画面に映らない父さんの声が聞こえた。
「ねぇママ。真魚は将来どう成長するかな」
「そうね。私は健康に育ってくれたらそれで十分だけど」
今よりいくらか声にハリがある母さんの声も聞こえる。
「僕だって健やかに育ってくれることを願ってるよ。だけどね、僕は真魚に期待してるんだ。僕の代わりに自分の夢を叶えてくれるって」
「あら、まるで今が思い描いていた未来と違うみたいな言い草じゃない」と、機嫌を悪くしたように怒ってみせる母さんに、あたふたしていた父さんの声が面白かった。
そうだ――父さんは母さんとの結婚を選ぶ為に、自分の夢を棄てざるを得なかったんだ。だからこそ、僕には夢を諦めてほしくなかったんだ。
それからしばらく映像に魅入っていた僕は、やっと決心がついた。
このままだと夢が夢のまま終わりそうだったけど、父さんが夢を叶える僕の姿を夢見ていたんだったら、それを叶えない訳にはいかない。
母さんにこのDVDを貰ってもいいか尋ねると、快くOKしてくれた。
善は急げ――貰った連絡先に電話をかけるところから始めよう。
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