第42話 貰ったチケット

 カットの声が一段と大きく撮影現場に響いた。1シーンを撮り直すこと早テイク10……僕が男であることを誰も知らないまま、合意がないことも有耶無耶のままドラマ撮影は始まってしまい、そして演技未経験である僕は当たり前だけど収録の足を引っ張る事態に陥っていた。


「ちょっと!同じところで何度失敗ミスすれば気が済むのよ」


「ご、ごめんなさい……ってそもそも僕を騙したのがいけないんじゃないか!」


 休憩になると、一人ぽつねんと隅で座ってロケ弁とやらを食べていた。すると隣にこの一件の犯人であるメグミがやって来て同じようかなロケ弁を食べ始める。

 言いたいことは幾らでもあるけど、「ちゃんと詳細を詰めなかったアナタが悪い」と、何故か僕に非があるような物言いに、開いた口が塞がらなかったなぁ。


「ところでさ、どうしてアイドルとして活躍してるのに、ドラマにも挑戦しようと思ったの?」


 丁度いいと思って、この機会にメグミに疑問をぶつけてみた。

 既にメジャーすぎるほど国内でアイドルとしての地位を確立していた彼女が、どうして未知の演技の世界に飛び込んだのか。

 素人目から見ても、彼女の演技には鬼気迫るものがあって、例えが正しいとは思えないけど、まるで生き急ぐようにも見えて仕方なかった。


「そうね、遠からず、近からず、といったところかしら」


 僕の所感に、ロケ弁を半分ほど残してメグミはそう答える。なんとも微妙な答えに、僕の箸も止まる。


「私はね、この閉塞感漂う世界に新風を巻き起こしたいのよ」


 新風とな――

なんとも豪気だな、と思ったけど、破天荒なメグミが口にすると、やってのけそうな説得力を感じるもんだから、素直に凄いなと感心した。


「手段はなんだっていいのよ。もっともっと有名になって、このつまらない世界になんの疑問も持たずに生きている衆生にグーパンチしてやるの。それで目を覚まさせることが出来たら、少しは私も役に立てるでしょ」


 それが私なりの説法よ、と拳を固めて八重歯を覗かせ微笑んでいた。

 それに比べて僕は流されてばっかだ。メグミに告げられたように、ろくに確認もせずにノコノコとついてきて、結局周囲に迷惑ばかりかけて、本当情けなくなるよ。



 その日の収録を終えた僕のもとに、「話がある」とメグミがやって来た。

 また何かやらかしたかな、と内心ビクビクしていると、まさかの言葉が飛び出す。


「……アンタさ、声優になるって夢があるんでしょ」


「え?それをどこで聞いたの」


 僕の夢を知っている人なんて限られていたから、大体は予想がついたけど、出所はやはり長内さんのようだった。

 どんな取り引きがあったのか知らないが、生粋のドルオタである彼女なら屈するのもやむを得ないだろう。

 頭の中では、両手を合わせて謝罪する長内さんの姿が浮かぶ。


「まぁ……そんな夢もあるけれど」


「もし本気で夢を叶えたいのなら、うちの事務所の門を叩きなさい。近々声優にも力を入れる予定だから、年齢関係なく才能のある人材を募集してるのよ」


 そう話すと、マネージャーを呼び出して名刺を一枚僕に手渡した。生まれて初めてもらった名刺が、まさかの芸能プロダクションとは。


「私が直接声を掛けるなんて、これが最初で最後だから。それじゃあまたね。監督さ~んごめんなさ~い!やっぱ私が一人二約することにしたわ」


 と、去り際にまさかのクビ宣告。

 破天荒にも程がある。


「ええ!?そんな無茶な!」


 監督の悲鳴もごもっともだろう。まんま今日の撮影が無駄になったのだから。

 そして僕は以降の撮影に呼ばれることはなかった。あとバイト代も出なかった代わりに、得たのは夢のチケット一枚だった。


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