第41話 策士メグミ
関係者パスがなければ立ち入ることが出来ないスタジオの一室で、近頃こんな格好ばっかだな、とメグミの横で緊張して立ちすくんでいると、今時ディレクター巻きなんかしてる男性が僕の全身を舐め回すように見て、サングラスを外し一言。
「ふ~ん。メグミちゃんが熱心に推してくるくらいだから、どんな子かとハードル高く期待したけど……うん。これはなかなかの逸材だね。探してたイメージとピッタリだよ」
「でしょ?今回の私の主演ドラマにピッタリな女の子だと思わない?ぶっちゃけ今オーディションしてる子達はパッとしないのよね」
二人の会話は面白いほど勝手に進んでいく。肝心な僕の了承を得ないまま。
一体どうしてこうなってしまったのか――
「メグミさんじゃないですか!なんでここに……っていうか今なんて!?」
突如保健室に姿を現したメグミは、僕の姿を見つけるとズカズカと乗り込んできた。どうしてここに?と尋ねる前に、目と鼻の先まで近寄ってきて僕の姿をジロジロと品定めする。
「え、ちょ、なに?」
美少女に対する耐性は、麦穂や長内さん、それに海のお陰で比較的身に付いていたと思っていたけど、メグミはまた違うタイプの美しさがあったもんだから、すぐ触れられる距離まで近寄られると不覚にもドキリとしてしまった。
向こうにそんなつもりはないのはわかっている。だって彼女は女性にしか興味がないんだから。
「御姉様の麗しき男装姿が拝見できると聞いて、仕事をキャンセルしてまで飛んできたけど、まさかただの中学校の文化祭で、あなたのような女装姿も目にするなんて思わなかったわ。頭を垂れてお願いをすれば、付き合ってあげてもいいかなって思うくらいに可愛いかったし」
まぁ男のあなたに一切の興味もないけど、とちゃんと上げて落とすスタイルのようだ。
「は、はぁ……」
メグミとは夏祭りの夜に劇的なシチュエーションで顔を合わせたけど、あの時は海に集るコバエのような扱いをされたにもかかわらず、今はその挑戦的な目の奥に妙な光が灯っているように見えた。
「おい実恵。急に乗り込んできたと思ったら、一体何を言い出すんだ。ことと次第によっては先生につき出すぞ」
メグミ、こと実恵のかつての師である海は、腕を組んで詰問するように声をかけた。昔の二人の関係性が何となく見てとれる。きっと最澄と同じ色モノ枠をなんだな。きっと。
「実は、今度私が主演のドラマの撮影が始まるんですけど、あ、オフレコなんで内密に。そのドラマの役の一人がまだ決まっていなくて、それが彼にピッタリなんですよ」
「へ?僕が?」
「まぁチョイ役だからそんなに気にしないで。それにバイト代も出るし」
「バイト代……か」
バイトも出来ない中学三年生の懐事情は厳しく、少ないお小遣いでやりくりしていた僕の懐事情をまるで見透かしたように、メグミはニヤリと笑い指を五本立てた。
「出演してくれるなら確約するわ」
「やります」
海の呆れる顔が心苦しかったけど、僕も少しは稼ぎたいのだ。
それから一週間後、僕は彼女の指示通りに待ち合わせ場所に来ていた。
「あの子カワイくね?」
「お前行けよ……」
「いやぁ……アレは無理だろ」
遠くからでも聴こえる声は誰の事を指してるのだろうか。僕であってはほしくないものだ。
それにしても、もう一時間も待たされてる。
「ねぇねぇ。良かったらこれから遊びに行かない?」
はぁ……これで何度目のナンパだろうか。目の前にはいかにもチャラそうな男が立っていた。誰一人として僕の女装姿に気が付かない。大丈夫かこの国は。
「あ、あの、これから予定があるんで……」
「いいから来いって」
断ってるにも関わらずチャラ男は腕を掴んできた。良くも悪くも僕には絶対真似できない行動力だ。
「お待たせ……ってなんなのよアンタ。今すぐ私の視界から消えなさい」
「あ?なんだよテメェは」
「あ?テメェこそ私が誰だかわかったんのかよ。このチン○スが」
おっと、やっとご到着したと思ったら、早速伏せ字が入るようなワードを吐きなさった。
サングラスを外して睨む姿が様になりすぎて、チャラ男は捨て台詞を残して去っていった。
というかどれだけ男が嫌いなんだよ。
「美少女は大好きだけど、男は嫌い。美少女に群がる男なんて反吐が出る」と言って憚らないメグミは、これからドラマのディレクターに合わせるといって駅近くのビルに招き入れた。
顔パス、というのやつなのか、警備員に会釈をされそのまま入っていくと、そこにはテレビのなかでしかみない有名人がたくさん歩いていた。
「うわぁ……芸能人ばっか」
「あら、あなたもその姿なら十把ひとからげのアイドルなんかに負けてないわよ」と喜んでいいのかよくわからない賛辞を賜った。
「ていうか、女装してこいってなんなんだよ。こんなことなら僕も引き受けなかったんだけど」
そう。メグミは僕から言質を取った後に、後出しで女装してこいなんて連絡を寄越してきたのだ。
断れない状況でそんな大事なことを言ってくるなんて、なんて恐ろしい子……。
「そうそう。あともう一つ言うの忘れていたわ」
ついでといった感じで、もう一つサラリと言ってのける。
「女装姿で私とWヒロインの予定だから」
「……なんだって?」
難聴系主人公になったつもりはないけど、彼女の言葉には耳を疑わざるを得なかった。
まぁ、はっきりと聴こえてたんだけど。
逃げようにも完全に退路を断たれた今、僕はただメグミのあとをついていくしかなかった。
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