第21話 企み
「ムガー!ムー!ムー!」
ええと……ただいま僕は、人生でそうそう起こるはずのない事態に直面しています。
まず、誰もいない保健室に置かれた簡易的なパイプベッドの上で、助けが呼べないように手足を手錠で拘束されたうえ、さらには学舎に全くそぐわない
絵面が酷すぎる。犯罪臭がぷんぷん臭うぜ。
僕をこんな目に遭わせた人物。その犯人は――
「そんなぁ恐い目でぇ私を見ないでちょうだぁい。興奮しちゃうからぁ……んんっ!」
この変態教師である。天台宗の開祖、伝教大師の名で知られている最澄こと、最上澄。
生前にその毒牙にかかった門弟は数えきれないという。
この人……何の用かは知りたくもないけれど、とうとう教師として、人として、越えてはならない一線を越えようとしてるらしい。
いつか事件を起こすのでは――と危惧していたけれど、まさか自分の貞操が本当にピンチを迎えるとは思いもしていなかった。
一人用のパイプベッドが、ギシギシと悲鳴をあげる。どこぞの貞子よろしく足元からじょじょに近づいてくる先生の顔は、熱に浮かされたように上気していた。ぬらぬら妖しく光る唇からは、艶かしい吐息が漏れている。
「ふぅ……暑いわねぇ……」
そう言うと、自ら苦しそうなブラウスのボタンを、上から一つずつ外していった。今にもあの暴力的な二つの果実が露になろうとしている。
これ、言っとくけど白昼堂々学校の保健室で行われてるんだから恐ろしい。末法の世、ここに極まれり。
いつの間にか僕の腰辺りに馬乗りになっていた先生は、獲物を捕らえた蜘蛛のように舌舐りをし、どうやって調理をしてやろうかといった視線で僕を見下ろしている。
控えめに言って年齢指定が入ってもおかしくない光景だ。
「ムー!ムー!」
なんとかしてこの場を離れようと試みてはいたものの、恐ろしく硬い手錠はびくともしない。
むしろ、抵抗すればするほど先生を喜ばせるだけであったので逆効果だった。
「ムー!ムガー!」
「もう、先生の言うことを聞いてくれないらぁ……本当に食べちゃうぞぉ?」
八重歯を覗かせて微笑む先生の魔の手から、もう逃げ場がないと悟った僕は、万事休すと目を瞑った。そして――
「あ……先生……そんな……」
「そのままぁ目を閉じててぇ」
「そんなとこ……くすぐったいです……」
「いいからぁ、先生に任せておきなさぁい」
「うぅ……もう、これ以上は……っ!」
「うふふ……恥ずかしがってる顔も悪くはないわねぇ。もう目を開けていいわよぉ」
屈辱的な時間を過ごすはめになってしまったが、言われた通りに目を開くと――先生が差し出した鏡には見たこともないような美少女が写し出されていた。
「へ?コレって……僕ですか?」
「そうよぉ。真魚君は今からぁマオちゃんになるのぉ」
どうやら、変態教師は始めから目的があって僕に接触してきたらしい。それなら平和的に事を進めれば良いのにと抗議すると、「ついムラムラしちゃってぇ……」と本音を白状した。
そもそも手錠と猿轡を持ち歩いてる時点で教師免許剥奪もんだろ。仕事しろよ文部科学省。
「ていうか……やっぱ無理です!この格好!」
「どうしてぇ?美少女じゃない」
そうですか。美少女なら良かったです。
となると思ってるのかこの変態教師は。
どこから拝借してきたのか、正真正銘の男子であるこの僕が女子生徒用の体操着に着替えさせられていたのだ。
ご丁寧にウィッグまで被せられて。
無駄にメイクの技術が高いせいで、はっきり言って、客観的に見て、そこいらの女子には負けない容姿となっているではないか。
――ていうか、僕ってこんなポテンシャルを持っていたのか。変な扉を開けてしまいそうで怖くなってしまう。ノーマルでいたいんだから。
「先生は真魚くんに負けてもらいたくないのぉ。あんな小娘どもに優勝をかっ拐われるくらいならぁ、どんな手を使っても真魚君を勝たせるんだからぁ」
「だからって僕を女装させて勝つなんて……え?まさか先生……まさかまさかですけど、美少女を、じゃなくて僕を餌に、冬団のヤル気を引き出そうって魂胆ですか?」
「モチのロンよぉ」
サムズアップするな。何言ってるんだこの人は。そんな穴だらけの計画が上手くいくわけないじゃないか。
だって、僕が女装してみんなのヤル気を出させるなんて……考えただけで鳥肌がたつ。そんなの無理無理!
今はちょっと、僕も始めて目にする自分の姿に驚いていただけであって、こんな姿を他の男子に見られようものなら、すぐに正体がバレるに決まって――
「先生~ちょっと見てもらいたいんです……けど?」
「げっ!若林くん!?」
怪我でもしたのだろうか。タイミング悪く保健室に入ってきたのは、同じクラスのチャラいことで有名な若林君だった。
こんな手も口も軽そうな同級生に学校で女装に興じているなんて誤解された日には……それこそ僕の学校生活は終わりを告げる。ゲームオーバーだ。どうにかして口を封じなければ――そうだ。手錠と猿轡を使って何も出来ないように拘束すれば――
テンパって自分も変態教師と同じ愚行を犯そうとしたその時、彼の口からとんでもない台詞が飛び出した。
「うわ!?めっちゃ可愛いね君!名前なんて言うの?」
「へ?」
「ねぇ?だから言ったじゃなぁい。今のマオちゃんはぁ美少女だってぇ。自信もっていいわよぉ」
耳元で囁くのは、まさに悪魔の囁きだった。
「えっと……私、可愛い?」
生まれてこのかた出した覚えのない声で尋ねる。
「可愛い可愛い!良かったら連絡先教え――」
それ以上先の言葉は続かなかった。
何故なら、先生がナニかが染み込んだハンカチで若林君の口と鼻を覆ってしまったから。
教師というか、工作員のような隙のない動きに戦慄を覚える。
「じゃあ頑張ってねぇ。マオちゃん」
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