第20話 嵐の体育祭 前編

 体育祭――本来なら単なる行事の一つとして、純粋に楽しむ生徒が大半を占めるであろう学校行事。

 にも関わらず、今年は例年と比べて少し様子が違っていた。

 雲一つない体育祭日和の青空だというのに、心なしか暗雲立ち込めるように、どこか殺伐とした空気が学校中を覆っている。

 主に男子が原因なのだが、それぞれの団が睨みを利かせていたのだ。


「今年も夏団が優勝を取ったるさかい、きさんらの出番はないで!」

「寝言は寝て言わんかい! この唐変木が!」

「ガタガタ言ってんじゃねぇぞコノヤロー!」


 お互いがお互いを牽制しあい、さながらアウトレイジの世界観に染まりつつあった。

 そんな様子を女子達は白い目で眺めている。




 そんな連中を束ねる各団の団長は、今日という日を首を伸ばして待っていた。

 彼女らは、「優勝」という栄誉を欲しているわけではない。そんなものは犬にでも食わしておけと思っているかもしれない。知らないけど。

 本当に欲しているものは、『優勝した者に与えられる権利』なのだから。

 その権利を誰よりも手に入れたいと願う三人が、たった今僕を取り囲んで火花を散らしてるという状況である。



「さて、待ちに待った体育祭がやってきたわけだけど、優勝したチームの人間だけが権利を行使できる――それで文句はないよね。どうせ秋団が優勝することに変わりはないけどさ」


 秋団の団長である長内さんが、初手から二人を牽制する。走力に自信がある生徒が揃っているからだろうか、個人種目の多い午前で勝負を決める自信があるのかもしれない。


「長内さん。エイプリルフールはとっくに過ぎてるんだよ? いくら頑張ったところで優勝は夏団がすること間違いないんだから、無理して虚勢を張らなくてもいいんだよ?」


 最多優勝を誇る夏団団長である麦穂は、いつになく強気、いや……毒舌だった。

 総合力では秋団をしのぐと前評判も高く、それが麦穂の自信に繋がっていると考えられる。


「二人とも、夢を見るのは勝手だけどさ、残念ながらこれは夢の中の御伽噺ではないんだよ。現実をみようよ。現実を。最後に笑うのは……我が春団に決まっている」


 誰よりも自信を持って優勝宣言をしたのは、春団団長の海だった。優勝回数こそ夏、秋に劣るが、学力が高い生徒が集中して集まっていることもあり、海は何か秘策でも考えてきたのだろう。やけに自信を感じさせる。


 三人が放つプレッシャーという殺気に、僕は冷や汗を垂れ流すしか出来ずにいた。

 三人ともどもヤる気に満ち溢れている。



 そうこうするうちに開会宣言がなされ、各種種目が滞りなく進んでいくなか、僕はぼっーとしながら自分の席で三人が話したことを思い出していた。



「秋団が優勝したら、空色くんに伝えたいことがあるから」


「へ?」


 長内さんは、いつもの飄々とした感じではなく、少し顔を赤らめてながらそう告げた。

 平静を装ってるようだけど、耳は朱に染まっている。

 普段はどちらかというと物静かな長内さんが、どうしてこんな大袈裟な勝負を二人に提案したのか――残念ながら僕の残念な知能指数では、それを窺い知ることはできない。

 そもそもこんな面倒な手段を取らなくても、いつものように気軽に話してくれればいいのに、と思わなくもなかったけれど、彼女の目には何かしらの信念のようなものが見てとれたので、それ以上追求することが出来なかった。

 ようは日和ったただけなんだけど……。


「本当はね、こんな真似をしなくても良かったはずなんだよ。それなのに……空色くんが女性に対して節操ないのがいけないんだからね」


「それ濡れ衣じゃない!?」





「えっと、まーくん。それじゃあ私も行ってくるね」


「うん。頑張ってね」


 先程の強気な態度が時間差で恥ずかしくなったのか、急によそよそしくなった麦穂は、自ら率いる夏団の元へそそくさと戻ろうとしたその時、思い出したように振り向いてこう告げた――


「あのね、夏組が勝ったらまーくんに伝えたいことがあるの……」


「長内さんといい、麦穂も一体なんなんだよ」


 確かにどんな願いでも叶えるような甲斐性はボクには無いことくらいわかっているさ。

 それでも幼馴染なんだから、話してくれたら最大限力になってやるっていうのに、どうしてこうもひた隠しにするのか理解できなかった。

 なんだか信頼されてないというか、俺達の関係ってその程度だったの?とモヤモヤが胸中に溜まっていくばかり。


「今はまだ話せないから……また後でね」


「わかった……」


 いったい二人して僕に何を伝えようとしてるんだろう。知るのが少し怖くなってきた。





「とうとう運命の決戦が始まるね」


「運命ってそんな大袈裟な。ただの体育祭だよ?」


 最後まで残った海は、初めての体育祭に人一倍取り組んでいた。

 いつもなら一緒に帰る放課後も、同じ春団の団員と過ごす時間が増え、それに比例して僕は自然と一人になる時間が増えた。少し、ほんの少しだけど、一人でいる時間が寂しかったり――


「真魚くんにとってはただの体育祭でも、私達三人からすれば、またとない絶好の機会チャンスなんだよ」


 ニッコリ微笑む海が、まっすぐな目で僕に告げた。


「私もね、春団が優勝したら真魚くんにお願いしたいことがあるんだよ」


「なんだよ三人してさ。暗黙のルールか何か知らないけれど、今伝えることは出来ないの?」


「はは。それが出来たらあの二人は苦労しないだろうね。というか、それが出来る人は少数派だろうね」


「どういうこと?」


 さぁね、と言い残して、海も自らの持ち場に帰っていった。




 過去に飛んでいた意識が、地響きのような歓声によって引き戻される。

 わかってはいたけど、今年の体育祭ときたらいつになく各団の応援が凄まじい。開会して早々にボルテージは最高潮ピークに達していた。

 それもそのはず、各団の団長に就任した三人が我が校の三大美少女と謳われているからだ。

 その美少女達が、ほとんど化石化していた暗黙のルールを採用して、『勝者の権利』を賭けて雌雄を決する――という噂が校内を駆け巡り、いつの間にか三人が団長として祭り上げられていたことがこの度の騒動の原因だった。


 各々が魅力的な団長のもと一つに結束し、団長に優勝旗を捧げんと日々練習に励んでいるなか、僕が属する冬団はというと、唯一盛り上がりに欠け、いつの間にか立ち上がったマスメディア部主催のトトカルチョでも早々に優勝争いから脱落していた。

 その結果が、午前の部の終了時点で得点として反映されている。



 春団 447点

 夏団 608点

 秋団 561点

 冬団 253点



 スコアボードには、現時点での得点が掲示されている。

 団体戦がメインの午後の部を前に、個人戦がメインの午前の部では、特に長内さん率いる秋団が前評判通り、走力を活かした作戦で点を稼いでいた。

 総合力で勝負している夏団は、安定して得点を稼いで先頭を走っているが、決して独走状態とは言えない状態であった。

 その背後を、離されながらも虎視眈々と春団が狙っている、という構図か。

 それに比べて、冬団と来たら――


「クソダリ~」

「もうバックレねぇ?」

「美少女がいないからヤル気でねぇわ」


 ろくに参加していない僕が言うのもなんだけど、やる気がない生徒ばかりで、仕方なく体育祭に参加している生徒が大半を占めていた。

 冬団の仲間同士でサボったり、そもそもまともに参加していなかったり、なんともまぁ烏合の衆という言葉がピッタリな集団だった。

 それでも、まさか午前の時点で一位とダブルスコア以上も得点を離されるとは思いもしなかったけれど。


 これじゃあ午後はどうなることやら……。



「真魚くぅん。ちょっと良いかしらぁ?」


 その鳥肌が立つ声に振り返ると、変態で痴女な最上澄先生が、胸を強調するように立っていた。


「へ?最上先生?え、なんで手首を掴んでるんですか?」


「うふふ~悪いようにはしないからぁ……天井のシミを数える間にぃ終わるわよぉ」


「は?ちょ、ちょ待てよ!」


 突如として姿を現した欲求不満教師に手首を掴まれた僕は、意図も容易く校舎に引きずり込まれてしまった。

 次回。どうなる僕の貞操。

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