第19話 協定を結ぶ
そう――あれは、まーくんが珍しく風邪で寝込んで学校を休んだ日のこと。
お昼休みに私と海ちゃんは、教室で昼食を食べていたのですが、そこに招かれざる客がやって来たのです……。
「良かったら私も混ぜてもらえないかしら?」
そういうと、突然現れた彼女――長内七緒さんは、あろうことか欠席しているまーくんの空席に座って弁当を広げ始めたのです。
さも自分の席のように。
というか、答えてもいないのに勝手に混ざってるし、長内さん。
思えば、彼女とは三年になるまで接点はありませんでしたが、彼女についての噂だけは耳にしていました。
ある男子曰く――この学校の真の女王は長内さんだ。
ある女子曰く――敵には回したくない女……。それが長内さん。
まるでこの学校の
そういえば、まーくんは彼女にラノベをちょくちょく借りていると聞いたことがある。
ラノベというのがどういうものなのか、読書が苦手な私はよく知らないけれど、私の知らないところで仲良くしているのはなんだか納得がいかない。
それに、ここ最近は二人の関係について、聞き捨てならない噂が流れていたことが、余計彼女の印象を悪くさせる一因となっていた。
放課後の誰もいない部室で、まーくんと長内さんが二人っきりの逢瀬を楽しんでいると――
その話を聞いたときに、その先の展開を想像すると、ドロドロとしたタールのような液体が胸につかえたことをよく覚えている。
ムカムカして、吐き気がして、棄てることができない感情が私を苦しめた。
まーくんが、まさかそんなことするはずがない――そう一笑に伏したいけれど、この前一緒に帰ろうとまーくんを探していたときに、長内さんとまーくんが楽しそうに会話をしている光景を目にしてしまった。
ーーまさか、あの噂は本当なの!?
その時は急いで部室のなかに突撃して事なきを得ましたが、まーくんを連れ戻すときの、彼女のあの「目」は忘れることができない。
あんな、恨みがこもった視線なんて浴びせられたことなんてなかったから。あれは怖かったなぁ……。
「ふむ……まだイエスと答えたわけでもないんだけどね。まぁいい。何の用だい? あいにく私達は『君に』用はないんだが?」
海ちゃんは、私にも身に覚えのある棘のある言い方で、当たり前のようにおかずに手をつけ始める長内さんに詰問を始めた。
「そちらがなくても私にはあるのよ」
箸を置くと、鋭い視線をこちらに向ける。
抑揚も、イントネーションも、温度も感じさせない別の言語の挨拶のように、軽く尋ねてきた。
「君達って、真魚君のことが好きなんでしょ?」
「ぶーーー!」
先制パンチがクリティカルヒット、一回TKOです。多感な女子中学生が、口に含んでいたオレンジジュースを盛大に吐き出してしまうとは、黒歴史確定ものだ。
――この人は白昼堂々何を言ってるのか、わかってるのだろうか。
思わず吹き出してしまったジュースが、目の前に座っていた海ちゃんに襲いかかるが、最小限の動きで回避してくれた。良かった……と思った矢先に背後の男子に直撃……私の吹き出したオレンジジュースが……もう恥ずかしくて居たたまれない……。
気づけば、周囲がざわつき始めていた。
「おい……今度は長内さんまであのグループに加わろうとしてるぞ」
「なんで空色ばかりモテるんだよ……」
「また我が校のマドンナが一人減ってしまった……」
『コノウラミ、ハラサデオクベキカ』
背後で唸る男子を気にすることなく、淡々と長内さんは語り続ける。
「二人の様子を見てればわかるしね。ちなみに私も空色くんの事が好き。大好き。いや、愛してる。言葉じゃこの気持ちは表現できない。永遠にくっつきたいと思ってるの。そう。物理的に。肉体なんて邪魔な器に囚われずに、いっそ液体になってしまえたなら二人で一つなれるのに、永遠に混じりあっていられるのに、と常々考えてるの」
とんだ変態だった。夏だから変態が湧き出てくるかな。
「最上澄とは違う変態だね」
海ちゃんもドン引きしている。無理もない。健全な学舎にいちゃダメな人だよ。
「失礼な。純愛って言ってほしいね」
それが純愛なら、世界はどれだけ平和になることでしょう。そう思わずに入られない。
「私の気持ちはわかってもらえたと思うけど、」
いや、全然わからないし、わかりたくもないと声を大にして反論したいけれど、話が進まないので好きにさせると、本題に切り出した。
「空色くんが、この中から誰か一人を選ぶまで、休戦協定を結ばない?」
それは突拍子もない提案でした。
「……話を聞こうじゃないか」
「海ちゃん!?」
「まぁ聞くだけはタダだしさ。内容によっては麦穂ちゃんにメリットもあるかもしれないし」
「じゃあ話すわね――」
長内さんが提案した休戦協定とやらは、まーくんが自分から意中の人を一人選ぶまで、勝手な行動を慎む。ということだった。
つまり、抜け駆けは許さない――お互いがお互いを干渉しあう関係ということらしい。
その代わり、「これ以上余計なブンブン蝿が寄り付かないようにするから」と、心強い(?)約束をしてくれた。
私としても、これ以上まーくんの近くに余計な心配の種を増やしたくないという思いがあったから、ついその提案を受け入れてしまったけれど――
もしかして早まった決断をしてしまったのでは……。
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