第18話 静かなる闘争

 いつもと変わらぬ学校からの帰り道――海と僕と麦穂、それに何故だか最近一緒にいることが多くなった長内さんの四人は、妙な空気の中帰宅していた。僕を真ん中に、二人が両隣で一人が後ろに位置している。そして入れ替わりで場所を変えていく。お互いかお互いを牽制しあってるように見えるのはなぜだろう。

 それに触れてはいけないと、本能が叫んでいる。



「そういえば、もうすぐ体育祭だよね!私楽しみだなぁ」


 空気を変えるように、麦穂がもうすぐ始まる学校行事について話題を振った。

 根っからの体育会系である麦穂は、体育祭を一番の楽しみにしている。もちろん毎年全力で取り組んでいた。

 ただし、夏の日差しのもと輝く体操着姿が、去年も、一昨年も、校内の男子の視線を一身に集めていたことは本人だけが気づいていない。


「体育祭?なんだいそれは?」


「 海ちゃん体育祭知らないの!?」


 ヤバッ。海のボロが出てしまう。


「あ、ああ、そうなんだよ。海は和歌山のド田舎から来たんだもんな。確か全校生徒併せて五名とか言ってなかったか」


「なんでまーくんが説明するの?」

「なんで真魚くんが説明するのかな?」


「う……」


 麦穂と長内さんのダブル指摘に思わず口ごもってしまった。

 いくら頭がよくても現代の事情にはまだまだ疎い海には、わからないことが沢山あることを失念していた。

 誰も彼女の正体が、彼の空海などとは知らないし、僕が誰かにその正体を教えることもない。

 知ってるのは担任の最上澄先生だけ。その正体もあの最澄なんだけど。秘密が重すぎる。


「真魚くんの言う通りで、私は幼い頃から辺境に住んでいてね。学校も子供が少なかったから行事とは無縁だったんだよ」


 割って入った海が淀みなく説明すると、二人は理解を示す。解せぬ……。


「体育祭は全校生徒がチームに別れて得点を競う競技大会だよ。ただし、よその学校と違って、うちには暗黙のルールがあるんだよ」


 長内さんが海に簡単な説明をしてくれたけれど、ボクはその暗黙のルールというやつを知らなかった。もう三年だというのに……。


「空色くんは毎年積極的に参加してなかったからね」


「それはなんだい?」


 暗黙のルールというのが気になったのだろうか、海が尋ねる。


「暗黙のルール。それは――負けたチームの生徒は、勝ったチームの生徒の『言うことを何でも聴く』ということだよ」


「「なんでもっ!?」」


 僕と麦穂は見事にハモった。意外なことに海も驚いている様子だった。


「もちろん法に触れることだったり、相手が嫌がることは禁止されてるよ。だけどそうでない限り、負けた側は言うことを聞かなくてはならない。たとえば、『夏休みのデート』を賭けたりね」


「デ、デート……」


 思わず口から言葉が漏れ出てしまった。

 顔が赤くなってないか心配だ。

 そもそも勝者が敗者をデートに誘えるとか、どんな罰ゲームだよ……。


「長内さん。それって見知らぬ人の誘いも断れないの?」


「ああ。それは安心して大丈夫だよ。管理委員会に事前に申請をして、ある程度人間関係を調査してから受理された物のみが有効とされるから」


 なにそれ恐い。


「でもまぁ最近は、プライバシー保護の観点から外部に申請内容がバレることを恐れて、そのルールを利用する生徒は減ってるらしいけどね」


「そ、そうなんだ……麦穂は知ってた?」


「ルールのことは詳しく知らなかったけど、そういえば体育祭のあとに告白されることがあったような……」


 その男子は体育祭で優勝していたらしい。とんだ猛者もいたものだ。


「長内さん。あなたもよくそんなルール知ってたね。もしかしたら……そのルールを今年利用する気なのかな?」


 海が若干の詰問口調で尋ねると、長内さんさらりと答えた。


「ええ。使うわよ。なりふり構ってられないもの」


 ――なりふり構ってられない?そんな叶えたいことでもあるのだろうか。


 不思議に思っていると、ちょうど彼女と別れる道に差し掛かる。


「本番は生まれた季節でチーム分けされるけど、ちようどここにいる四人は別々のチームになるから、私だけが優賞して勝者の権利を勝ち取るつもり」


 それじゃあ、と言い残すと、長内さんは振り向くことなく帰っていった。


「まーくん……私も負けたくないかも」


「へ?」


 隣で麦穂は遠ざかる背中を見つめながら、意を決したように告げた。


「おっと、私もあんな話を聞かされたら負けるわけにはいかなくなったね。長内さんも麦穂ちゃんも覚悟しておくといい」


「う、海ちゃんまでヤル気なの!?私だって陸上部の維持を見せてあげるんだから!」


 急に臨戦態勢に入った二人の間に、火花が飛び散っているように見えたのは、果たして気のせいだろうか――


「ちょ、海までどうしたの?二人ともそんなに叶えたいことがあるなんて知らなかったよ」


 先程長内さんが言っていたように、二人ともボクが知らないだけで、もしかしたら意中の相手が既に存在するのかもしれない。

 だから、こんなにピリピリとした雰囲気になるのか。


「……まーくんって本当に鈍感だよね」


「へ?」


「私もその意見には同意するよ」


「海までなんで!?」



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