第23話 嵐の体育祭 後編
「な、何が起きてるって言うのよ……」
長内は刻々と変化するスコアボードを眺めながら、目の前で起きている現実を受け入れられずにその場で立ち竦んでいた。思考が停止していたとも言える。
現在の得点は――
春団 869点
夏団 847点
秋団 822点
冬団 953点
「なんで……冬団ごときがここまでの快進撃を見せるのよ……!」
堅く握られた拳は、彼女の心情が
その動揺が波のように団員に伝播し、辛うじて首位を走っていた秋団全体の士気を低下させてしまっていることに彼女は気付くことが出来なかった。
それほど冬団の猛追は凄まじく、午前中の自信など容易く吹き飛んでしまうものだった。
破竹の勢いを支えていた人物――謎の美少女が全てをの流れを変えてしまったのだから。
「あの……長内さん」
ただでさえイライラしているというのに、自らにかけられた声は彼女の機嫌を損なわせるには十分だった。
「……あら、これはこれは夏団団長の田処さんじゃありませんか。ライバルにわざわざ話しかけてくるなんて……一体なんの用ですか?」
「あのね……このままだと私達三人の勝負以前に、冬団が優勝する可能性が高いと思うの」
「……その可能性は私も考えてるわよ。でも、それがどうしたのかしら」
そんなことは田処麦穂に言われなくても理解していた。というより、痛感させられていた。これだけの追い上げを見せられては、冬団の実力が本物であることを認めざるを得ない。
「ここは、一時的にでもいいから同盟を組まない?」
「あら……ただのイイ子とばかり思っていたら、案外あなた腹黒いのね」
「そうだよ。私は欲張りなの。欲しいものは何だって手に入れるんだから――」
「――団長の予想通りに事が運びそうです」
「ああ。だけど、冬団の勢いは空恐ろしいね」
春団の陣営では、空乃海が午後の部の後半戦に向け戦略を練っていた。
彼女のみ嗅ぎ取っていた不穏な空気は、予想以上の形として得点に表れている。
「夏団と秋団の同盟は、私の見立てでは空中分解するだろうから、さほど問題ではない。同盟なんて言うほど易しくはないからね。残り少ない競技の得点を奪い合うだけに決まっている。選挙と一緒さ。それよりも冬団の精神的支柱となっているあの女子……いや、知人にちょっと会ってくるよ」
「わざわざ団長自らですか?」
「うん。真相を確かめにね――」
「み、みんなのお陰で優勝目前だよ☆ありがとね☆」
「「「イエス!!マム!!」」」
ここには歴戦の兵しかいないのか――むくつけき団員達は、逆転不可能だと思われていた得点差を、後半の競技を残した時点で見事にひっくり返していた。
ハッキリ言って僕はなにもしていない。ただ突っ立って応援してるだけだ。それなのに、たまに手を振ってやって一声かけるだけで、ヤバイ薬にでも手を染めたように奇声を上げては得点を量産していく。
<ま、またしても冬団が一位二位独占です!これはどこまで得点を伸ばしていくのか……気になるところですね!他の団も負けずに頑張ってください!>
また一つ――種目が終了したようだ。
これで残るはチーム対抗リレーのみだし、この勢いなら優勝は固かった――はずなのだが。
「やぁ。私は春団団長の空乃海だ。もちろん私の事は知ってるよね?」
「へ?あ、海……じゃなくて空乃さんじゃないですか。どうしたんですか?」
振り返ると、そこには仁王立ちした海が立っていた。視線が訴えている――そんな格好して何してんだい?と……。
「あ、あの……これには事情があって」
「ちょっとついて来てもらえるかな」
「あ、はい……」
終わった――よりにもよって海にバレてしまうとは……。変態教師に拉致されるわ、拘束されて化粧させられて女装までされたあげく、同級生にバレるとか……なんて日だっ!!
「あの~いつからお気づきに?」
先を歩く海は何も語らない。僕もそれっきり黙ってついて行くと、あの忌まわしい保健室に辿り着いた。その瞬間に思い出したくもない記憶がフラッシュバックする――
「最澄。いるんだろ」
「あらぁ~海ちゃんじゃなぁい。どうしたのぉ?」
何やら薄い本を鑑賞していたようだ。遠目からでもそれが同人誌であることは、過激な絵柄ですぐにわかった。
そして未だに若林君は寝ているではないか……。
「最澄……何か隠してることはないか?」
鷹の目のように鋭い視線で変態教師を一瞥した。
保健室の気温が一気に氷点下に下がる。
「え?な、なんのことかしらぁ~?」
「確か……君って昔から化粧だけは得意だったよね?その無駄に高い技術を用いては幼い
「あ、あはは……」
「どうなんだい」
「ごめんなさぁい」
結局、体育祭は冬団が優勝した。
ただし、今回の一件はそれぞれが暴走したとして各自反省することになり、当初の暗黙のルールも話し合いの結果、撤回することになった。
その代わり、代わりというのもおかしな話だけど、夏休みは出来る範囲で僕がみんなの望みを叶えるという、折衷案(?)に落ち着いた訳でめでたしめでたし――とはいかなかった。
「あの美少女が、まさかまーくんだなんて思わなかったよ!」
「そうね。あれが空色君だったなんて……ちょっと興奮しちゃうかも」
「ちょっと!なんで二人に教えちゃうんだよ!」
「だって、悔しいじゃないか。まるで女性として真魚君に負けたみたいでさ。ちょっとした仕返しだよ」
学校からの帰り道、僕は三人からさんざん弄られ続けた……なんて日だっ!!
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