第5話 幼馴染みと同居人

 翌朝、僕が通う中学校の始業式は見事なまでの満開の桜に迎えられた。春風にそよぐ枝の先に、これからの新生活に応援エールを送る花弁はなびらが、まだ着なれない学生服に袖を通した初々しい姿の新入学生たちを出迎える。


「いや~入定してから千二百年ほど経つけど、桜の美しさは今も昔も変わらないものだね」

「……ていうか、どうして海が制服着て一緒に登校してるわけ?」

「なんでって、そりゃ今日から私も〝がっこう〟とやらに通うからだよ。JCというやつだね」


 入学手続きとか、そこんところが気にかかるが、そんな些細な疑問など吹き飛ばすほど隣を歩く海は可愛かった。いつどこで手に入れたか知らないが、僕が通う中学校の女子用制服を、それは奇跡としか言いようがないほど抜群に海は着こなしている。


 もう間違いなく我が校でナンバーワンの美少女であることに間違いない。桜の美しさに負けるどころか、相乗効果で恐ろしい戦闘力を叩き出していた。

 現代にスカウターがないのが悔やまれる。黒髪が風にたなびく度に良い匂いがして、僕はドキドキしてしまう。


「ちっ」


 どこかから舌打ちが飛んできた。気付かない振りをしていたけれど、やはり僕のようなモブキャラがこんな美少女と歩いてるなんて、それだけで絵面がおかしいに決まっている。


「ていうかさ、海って幾つなの? 生き返ったっていっても入場したときは確か六十」

「真魚君」


 春の陽気が、海の一言で極寒の網走状態となる。


「な、なんでしょう」

「言ったよね? 真魚君は色々足りないって。こんなうら若き女子を捕まえて、まさか年齢を聞くなんて野暮なこと――二度としないでよね?」

「ひゃ、ひゃい」


 どうやら年齢のことはタブーのようだった。外見は俺より若干上位にしか見えないから、そういうことにしておこう。そうしよう。まだ命は失いたくないからね。


「それよりも母上殿にはちゃんと謝ったかい?」

「ちゃんと謝ったよ。これからはなるべく好き嫌いは減らしてくって約束したさ」


 昨夜、何の気なしに放った一言で母さんを傷つけてしまったことを、朝御飯の準備をしていた背中に向かって謝った。

 当たり前のこと過ぎて、ありがたみを忘れていたのは僕の方だったことを海は指摘してくれて、今になって良かったと思う。

 でないと、きっと謝ることも出来なかったから。


「ふふ。それならいいんだ」

「ファッ!?」


 不意に笑うと、よもやよもや意味をわかってるのか、海は突然通学路で腕を組んできたのだ。


「「ちっ!」」


 より一層周囲から向けられる殺意が高まったような。それよりも――あの、漫画とかラノベの挿し絵くらいでしか見たことがない伝説の腕組アレを、まさか今生こんじょうで体験するなんて今日が命日になるんじゃなかろうか。


 二人が腕を組んで歩く様は、例えれば男と女の知恵の輪のような、一度絡まってしまえば容易に外すことはかなわないようなホールド感に 、もしかしたら二度と外れないメビウスの環なのかもしれないと思うに至り、いやメビウスの環なのは僕の頭の方ではないかと思考は滅茶苦茶にこんがらがる訳で、じゃあどうしたら僕の腕に絡まった彼女の細腕をほどけばいいのかと考えた末に、僕は考えることを放棄した――。


 だって腕に当たる感触がたまらないんだもの。


 そんな感じで頭の中も春の陽気に当てられてお花畑になっていると、背後からいつもの声が飛んできた。


「おーい! まーくんおはよう!」

「痛っ、なんだよ麦穂か」


 背中への衝撃に振り返ると、生まれた頃から近所に暮らしている田処麦穂たどころむぎほが満面の笑みで話しかけてきた。いわゆる幼馴染みというやつで、僕と違って社交性と運動神経がずば抜けている彼女は、小学生の頃から陸上で名を馳せていた。


 自宅から学校までが近いこともあり、本人曰く「ギリギリまで寝ていたい」と、いつもギリギリの登校をしている。なかなかリスキーな日常を送っている親友だ。


「なんだよじゃないでしょ。……まーくん。その人誰?」


 尋ねながら、じぃーっと組まれた腕を凝視している。しまった……ほどくのを忘れていた。慌てて海の腕から逃れると、麦穂の視線が早く質問に答えろと急かしてきた。


「あ、えっと、そうそう。うちの従姉妹でね」

「嘘。中学生の従姉妹なんていないでしょ」


 親族まで把握してる麦穂には無理がある嘘だった。


「え~と……そうそう、生き別れの兄妹で」

「そんな話聞いたことないし。それに全然似てないけど」


 む、失礼だな。確かに共通点なんて人間ってとこくらいだろうけどさ。しどろもどろに答えたせいで、次第に麦穂の機嫌は悪くなっていくのが目に見えてわかる。

 ジト目というか、少しずつ眼が据わっていくのが怖い。そこで会話に入ってきた海は、戦局を一気に傾ける一言を投下した。


「田処さんといったかな。私と真魚君の関係が気になってるようだけど、一つ屋根の下に住んでると言えばわかるかな」

「「へ?」」


 この人何言っちゃってくれてんの!? 終わった! 俺の残りの学校生活が今終わった! 


(おい聴いたか。あの野郎、美少女と同棲してるらしいぞ)

(アイツ……無事じゃすまないな)


 不穏な台詞があちらこちらから聴こえてくる。言うまでもなく、全て僕への呪詛ばかり。


「ま~く~ん? これはいったいどういうことかなぁ?」

「……あ! もう行かないと遅刻しちゃうよ」

「ちょっと待ちなさいよ! まーくんってば!」

「ふふ。面白いお友達だね」


 爆弾の起爆ボタンを押した張本人だというのに、コロコロ笑ってらっしゃる。まぁ、その笑顔でチャラにしてあげてもいいけれど。

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