第38話 花火と一緒に

「いや、もうさ、一人や二人蘇っても『ふーんそうなんだ。お疲れ様』ってくらいの感覚でさ、器の大きさを示そうかとも思ったよ?受け流そうとしたよ?だけどさ、何事もバランスが大事じゃん?金は絶対量が少ないからこそ価値があるわけで、市場に大量に出回ったら価値が暴落するよね。なのにさ、十名一気に蘇るとかさ、流石に僕も許容範囲外だよ」


 僕の杯並みの器ではとてもじゃないけどキャパオーバーだった。来世に持ち越し、キャリーオーバー。


 二人きりになったお寺は、先程までギャーギャー煩かったメグミ、もとい実恵が去ったことで本来の静寂を取り戻した。

 自ら去ったというより、後から追いかけてきたアイドルグループ『ニルヴァーナ』の残り九名が、抵抗をみせるリーダーをわざわざサルベージして帰ったという顛末で幕を閉じたんだけどね。


 わざわざ地元のお祭りに参加した理由も、メグミがこの街にかつての師である海を見つけたから引き受けたからであって、完全に彼女一人の独断専行に残りのメンバーは巻き込まれていただけらしい。

 簀巻きのように拘束された彼女は、まるで手負いの獣のように抵抗を見せてはいたけど、最後は恨み節を残して次の現場へと運ばれていった。

 はからずも騒動に巻き込まれた僕は、しっかりと嫌われた。それも蛇蝎のごとく嫌われてしまった。初対面だっていうのに、全くもって解せぬ。



「あの子はね、昔から私にくっついて離れない困った子なんだよ」


 隣で石段に腰かけて座る海は、溜め息混じりに愚痴を溢していたけど、花火の明りに照らされる横顔に僕は引き込まれていた。惹き込まれていたか。


「彼女は八百年前からずっと海の事が好きなんだね」


 口にすると、その途方もない時間と重さに圧倒される。永遠なんて言葉は陳腐だけど、八百年はほとんど永遠に近いと思う。


「愛情の形は人それぞれだけど、残念ながら私は気持ちには応えられないと何度も断ってるんだけどね。あの青竹のように折れない心は尊敬にすら値するよ」


 私だってあんなに図太くはなれないよ、と苦笑いする海。それを聞いて安心はしたけど、もしかしたら他に好きな人がいるんじゃ――


「それじゃあ……今は別に好きな人がいるの?」


「え?」


 ポロっと溢れた言葉に自分が一番動揺した。


「あ、いや、なんでもない!変なこと聞いちゃったね。それより早く接穂と長内さんのところに戻ろうよ。待たせちゃって悪いからさ」


 危ない危ない。僕は一体何を血迷ったことを聞いてるんだ。こんなの一つ屋根の下で暮らしている同居人に聞いていい質問じゃ無いだろ。もしメグミとは別に、他に好きな人なんていたりしたら――ん?いたとしたら僕はどうするんだろ。


 慌てて立ち上がって石段を下りようとすると、手首を掴まれて引き留められた。

 振り返ると頬を朱に染めた海が、深呼吸をしている。「よし」と一言呟いて、真っ直ぐ僕を見抜いてきた。


「好きな人はいるよ。私の好きな人、それは――」


 その肝心なところで今世紀最大の不運が……。


「え?なんだって?」


 花火大会の最後フィナーレを飾る特大の花火が上がって、海の言葉が掻き消されてしまった。

 なんと言ったのか尋ねてみても「私はちゃんと伝えたよ」と笑ってはぐらかされてしまう。

 もしかしたら確信犯なのかもしれない。

 海ならタイミングを図ってそのくらいはしそうだし。


「それじゃあ残念だけど、二人のもとに帰ろうか」


 僕の手を引いて先を歩く海――髪から覗く耳たぶはずっと赤いままだった。






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