第37話 明かされる秘密

 僕は決して同性カップルを認めない狭量な人間ではないと自負していたつもりだけど、まさか自分の身近に――それも一つ屋根の下で暮らして同じ釜の飯を食らっている同居人、つまり絶世の美少女であり歴史に名を残すほどの偉人でもある即身成仏を自ら実行に移した空海、またの名を弘法大師その人が、まさかまさか女性と腕を組んでデートしているとは。


 ――いや、待て。確か空海が存命だった時代も僧侶と稚児さんとの間にそういった関係性はあったんだよな。すると空海も、女性と、その、そういったことがあったとしても、何らおかしくないわけだよね。

 でも……いったいどこであんな有名なアイドルグループの一人と出会ったんだろう。


 あまりの光景に呆然としてると、いつのまにか夜空には大輪の花火が打ち上がり始めた。

 その明かりに照らされる二人は、悔しいけど僕が立ち入る隙がないほど絵になっている。

 まるで長年連れ添っているような空気は、僕なんてちっぽけな男が入り込む余地がなさそうだ。


 ボーッと眺めていると、急に背中を押されてよろめいてしまった。

 危ないな、誰だよ――と文句を言って振り返ると、押してきた張本人は長内さんだった。


「ねぇ……空色君。そんなに空乃さんのことが気になるなら、いっそのこと自分で確かめてくれば?」


「え?いや、僕には関係ないし……」


「そう?それならずっと心ここにあらずって感じで、隣で気分悪くなってる私は勘違いしてるのかしら?」


 しまった……。僕は無意識のうちに二人に失礼な態度を取っていたのか。中途半端な気持ちで二人に付き合って、これじゃあ男として最低だ。


「わかった!この埋め合わせは必ずするから!」




 ――あんなに元気よく走っていっちゃってさ、私のことなんて眼中にもないのかな……。

 それよりも、澄ました顔でまーくんを見送っている彼女が気にくわなかった。


「もう!なんでまーくんの背中を押すような真似したの!」


 せっかくまーくんを(余計なお邪魔虫はついてしまったけど)花火大会に連れ出したっていうのに、そのお邪魔虫にまーくんを切り離されるとは夢にも思わなかった。


「ねぇ麦穂さん。このまま時間を無為に消費して、私達に勝機はあるかしら」


「な、なによ急に」


「空乃さんはハッキリ言って強敵よ。ラスボスクラスのね。このままいけば私達はよくあるラブコメの噛ませ犬キャラの座から一生抜け出せないわ。このまま終わってしまってもいいっていうの?」


「……それは……嫌だけど……」


 尋問を受けるように、長内さんは私の目をまっすぐ見つめながら告げた。


「協定を結ぶときにも伝えたけど、私は誰よりも空色君のことが好きなの。大好き。愛してる」


 それは記憶に残っている。なんてったって、とんだファーストコンタクトだったんだから。記憶が飛んでもおかしくないほどの。


「でもね、私としたことが二人の気持ちはハッキリと聞いてなかったのよ。空乃さんはとりあえず置いとくとして、麦穂さん――あなたは空色君のことが好きなのよね?」


「ふぇ!?」


 そういえば……生まれてこのかた、誰かにまーくんのことを好きだなんてカミングアウトしたことがなかった。それこそ親にだって告げたことがないマル秘中のマル秘。バレたら生きていけないくらいのトップシークレット。


 本音を口にしてしまったら……きっとこの気持ちを止められなくなりそうで、だから誰にも話したことがなかった。

 もしも私以外の誰かをまーくんが選んだとしても、その時は傷を最小限で抑えられるように、幼馴染みのポジションに甘んじていたのかもしれない。

 はぁ……自分の気持ちに正直になるって大変だな。


「私も好きだよ。まーくんのことが大好き。長内さんにだって負けないくらいね」


「あら、残念だけど私の二番手になることは覚悟しておいてね?」


「それこそ私の台詞だし」


 しばらく睨み合ってると、なんだかおかしくなって互いに笑ってしまった。

 少しだけ長内さんのことが理解出来た気がする。そんな夜となった。


「今日のところは、一先ず空色君の気持ちをクリアにすることが先決よ。敵に塩を送るようで痛し痒しだけど、じゃないといつまでたっても前に進まなそうだもの。だけど……ニルヴァーナのメンバーと知り合いだなんて、空乃さんって一体何者なのかしら」




 本当に僕はどうしちゃったんだろ――

 人混みをすり抜けながら駆けていくと、体力不足の体は悲鳴をあげる。

 去年まではこんなに気持ちが揺れ動くことなんてなかったのに、海が見知らぬ誰かと手を組んで歩いてるだけで、デートと聞いて心乱されるなんて、本当に僕らしくもない。

 だけど、二人の関係だけはハッキリさせないといけない気がした。もしそれが僕の望まぬ関係だとしても、モヤモヤしたままでは前に進めないから――



「海!!」


 花火が爆ぜる大音量に負けないよう、出したこともない声量で名前を叫んだ。

 声が届いたのか、先を行く海がこちらを振り向く。


「あ……真魚君……」


「誰、このモブ男」


 海の顔は分かりやすいほど狼狽していた。メグミとやらは敵意に満ちた顔をしている。

 そんなに僕に現場を目撃されたくなかったのか――と心が折れそうになる。隣の彼女は僕に見せつけるように海と体を密着させ、害虫でも見るような視線を浴びせてきた。


「こんな男放っておいて行きましょ。どうせなら……人気のないところとかに」


 そう言ってこの場を離れようとする彼女の腕を、海は引き剥がす。


「場所を変えようか。真魚君」





「ここなら誰も来ないだろう」


 祭りの会場より高台に位置するお寺までやって来ると、誰もいないことを確認して謝罪してきた。


「ハッキリと伝えてなくてごめんね。言っておくけど彼女コイツとは付き合ってるどころか、恋愛感情だって抱いてないんだよ」


「もー!そんなこと言わないでさっさと付き合ってくださいよ!世界のニルヴァーナのメンバーが相手なら文句なんてないでしょ?」


 本当に世界のニルヴァーナが相手なら、それこそ僕の出る幕なんてありはしないけど、彼らは鬼籍に入って久しい。蘇りでもしない限りはその心配はない。

 海の口から直接否定の言葉を聞けて一安心したけど、今も傍らでぷりぷり怒っているメグミとどこで出会ったのか尋ねると、それに答えたのはメグミだった。



「はん!あんたみたいな小便臭い小僧と御姉様が出会うず~っと前から、私達は赤い糸で結ばれてるのよ。師弟という赤い糸でね!」


「師弟だって?」


 そういえば、空海の事を調べていたときに、歴史上では十人の弟子が存在すると書いてあったっけ。

 ……え?嘘でしょ?そんな馬鹿な……。

 空海が蘇って、最澄が蘇って、まさか二度あることは三度あるって?

 今度は僕が狼狽する番だった。


「真魚君は私の秘密を知ってるよ」


「なら話しても構いまわせんわね。いい?その耳かっぽじってよく聞きなさい。私は世界を股に駆けるスーパーアイドル。『ニルヴァーナ』のリーダーのメグミよ!しかしそれは世を忍ぶ仮の姿――本当の姿は弘法大師十人弟子が一人!実恵じちえよ」


は~ん。なるほどね。また偉人キャラが登場って訳ですか。そうですか。


「はぁ!?また過去の偉人が蘇ったって?なんでまた……ん?ニルヴァーナってもしかして」


「十人全員御姉様の弟子に決まってるじゃない」


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