第28話 夏休み ~麦穂と~ 前編

「ぎゃあぁぁぁぁぁ!」


「きゃあぁぁぁぁぁ!」


 目まぐるしく錐揉み回転するジェットコースターで、僕は何度目かわからない叫び声をあげた。

 隣の彼女も同じく叫んでいるけど、どうやらこちらの叫び声は心から楽しんでる為のもので、失神してしまいそうな僕とはまるで種類が違う。

 再びの回転に、胃の内容物がかき混ぜられた。


 ああ……もう勘弁してくれ。


 長内さんとビッグサイトに出掛けた僕は、翌日には幼馴染みの田処麦穂と、遊園地に訪れていた。

 それもこれも、策士空乃海の策略にはまってしまい、三人の言うことを聞かないといけなくなってしまったことが原因なのたが、昨日はビッグサイトを延々と歩かされ、今日は今日で遊園地を引っ張り歩かされている。


 連日の猛暑と過酷なスケジュールが、現代のもやしっ子の申し子とでもいうべき僕の体力を、これでもかとガリガリ削り取っていった。

 にもかかわらず、麦穂は僕の腕を取ってあっちへ行ったりこっちへ行ったりと、まるで子供のようにはしゃぎ回る。 

 無尽蔵を誇る体力スタミナは、さすが現役陸上部とでも言うべきか――


 ジェットコースターからやっと解放された僕は、平衡感覚をなくして近くの植え込みに倒れ込む。


「オェ……ちょっと休憩させて……」


「ええ~まだ三回しか乗ってないのに、もうダウンしたの?まーくんって本当に絶叫系苦手だよね」


「誰もがオマエと一緒だと思うなよ……うっ!」


「ねぇ、本当に大丈夫?ちょっと飲み物買ってくるから、そこのベンチで待ってて」


 指差す方向にベンチがあったので、ふらつく足で向い腰かけると、まだ三半規管が揺れているのがわかった。

 波のように押し寄せる吐き気をこらえてる間、なんとなく来場者の姿を目で追っていると、夏休みだというのに来場者は家族連れがちらほらいる程度で、僕達のような中学生二人組はみられない。

 


 ――たまたま空いてるだけかな?


 まぁいいか。麦穂が戻ってくるまでの少しの間に一休みしよう――

 横になっていた僕は、いつの間にか眠りについていた。





「あ、まーくん?あのね……明日なんだけど、遊園地に一緒に行ってくれない?」


 突然かかってきた電話は、こちらのスケジュールを一切無視した内容だった。


「遊園地?それも明日?そんな急に言われても……」


「どうせなんの予定もないでしょ?おばさんから全部聞いてるんだから」


 くそ……これだから幼馴染は面倒なんだ。

 幼稚園の頃から家族レベルで交遊関係のある僕達の間に、隠し事なんて通用しない。

 母親というパイプを通じて、全ての情報が筒抜けになってしまうのだから、思春期真っ盛りの僕としてはプライバシー保護の観点から止めて欲しいものだ。



「はぁ……わかったわかった。そんでどこの遊園地にいくつもり?」


「えっとね。○○遊園地」


「○○?あんな古びた遊園地にわざわざ?なんならもっと新しいところのほうが……」


「いいの!じゃあ明日の九時に集合ね」


「お、おう……」


 都内にはいくつもレジャー施設は存在したが、麦穂が指定した遊園地は特別人気のあるようなところでもなかった。

 何故わざわざそんなところを選ぶのか皆目検討もつかなかったが、理由を聴いてもはぐらかすように話してくれない。


「なんだよ……言うこと聞くんだから、理由くらい教えてくれたっていいじゃないか」




「はい。気分はどう?」


 ペットボトルをおでこに当てられ、冷たさで目を覚ました。


「うん……休んだら少しは良くなったよ」


 それなら良かった、と微笑む麦穂は隣に腰かけると、自分の分のペットボトルを勢いよく飲み始める。

 細い喉が上下に動き、汗が肌を伝い鎖骨の下へと消えていく――思わず視線が汗の行方を追っていくと、ジト目の麦穂と視線がバッティングした。


「何処を見てたのかなぁ?」


「うぇ!?いやいや!別に何も見ちゃいないよ。僕はいつだって日本の未来を見つめてるだけさ」


 日本の未来どころか、己の進路さえ目を逸らしてる自分が何を言ってるんだか。


「そういえばさ、あの日もこうしてこのベンチで休憩してたよね」


「え?前もここに来たことあったっけ」


「え、忘れてたの?」


 なにやらジト目がさらにキツくなった。

 そして麦穂は語る。

 僕が忘れていた過去を。


 to be continued……




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