第32話 夏休み ~空乃海と~ 中編

「さ~着いたわよぉ。ドライブ気持ち良かったわねぇ~」


 一人颯爽と運転席から降り立った先生はキメ顔でそう言った。

 ふざけるなと言ってやりたい。

 アレがドライブとのたまうのなら、きっと峠を攻める頭文字イニシャルがDな方達も十分ドライブの範疇に入るんだろうな、と三半規管をメチャメチャ揺さぶられた僕は最上澄という女性に改めて恐怖心を覚えた。


 ――なんでただのドライブでラップタイムを競うようなドリフト走行をするんだよ……。

 至極全うな僕の理解の範疇を、巧みなハンドル捌きで軽々と変態教師は越えていった。


 僕達三人を乗せた真っ赤なスポーツカーは、華麗なコーナリングで峠道を攻めた後に伊豆山の中腹にある温泉旅館に到着したのだが、到着後も生きた心地が全くしない。


「おぇぇぇ。気持ち悪……」


 まさか一夏の間に、ジェットコースターに続いて、峠を攻める走り屋に酔わされるとは思いもしなかった。

 

「ハンドルを握ると人格が変わるなんて聞いてないんだですけど!この色々な意味で変態教師が!」


「んんっ……!そんな誉められると……濡れるわ」


 何処が!?なんてつっこみはしてやるものか。そんなのはただ変態を喜ばせることに繋がるだけだと、いい加減僕も学習していた。

 折角のドライブが、もう少しで死出の旅になるところだった。


「あの……海さん?到着ましたよ?」


「……」


 最上先生のことは放っておいても大丈夫なので、恐る恐る隣に座っている海に話しかけるが、そっぽを向いて一向に口を利いてくれようとしない。

 道中、「ふあぁぁぁぁ!」とか「ひぎゃあぁぁぁぁ!」とか、随分情けない悲鳴をあげ続けていた僕とは違って、一言も口にしない海は家を出発してからずっとこの調子だった。

 無言を貫く彼女が放つ雰囲気が、グサグサと隣の僕に刺さっていたことも悪酔いした原因だと思う。いや、そうに違いない。


 うん……わかってる。僕が悪いんだってことは。

 海が無言の圧力をかけるのは、僕が事前に最上先生が引率として合流することを伝えてなかったからであって、それが許せないんだと思う。


 でも――どうして海はここまで先生を頑なに目の敵にするのか、初めからずっと不思議でしょうがなかった。

 確かに先生は頭のネジの本数が二桁ほど足りないどうしようもない欠陥品なのは身にしみて理解してるけど、それでも同時期の密教を支えあった人物なんじゃなかろうか?


 歴史に疎い僕だけど、実はこっそりと生前の空海と最澄の関係性を調べたことがあった。

 ただ、史実だとどうしても見方が偏ってるようで、どうにも現在の二人とはイメージが結び付かない。それに海も最澄も好んで過去を語らないもんだから、僕も積極的に調べようとはしてなかったけど――


「うっ……考えてたらキボジワルクナッタ」



 チェックインした僕達を待っていたのは、目の前に広がる相模湾を一望できる絶景の部屋だった。

 窓を開け放つと、海風に乗った磯の薫りが客室まで流れ込んできて、真夏の暑さも吹き飛んでしまうような清涼感を運んできてくれる。

 ちなみに最上先生は別室になったんだけど、その理由がなんともまぁ……。

 真面目な顔して、「たぶん一緒の部屋だと理性が保たないなから」だとさ。

 そもそも理性があったことに驚きだけど、いざ二人きりになると自宅のようにスラスラと話題が出てくることもなく、なんだか付き合いたてのカップルの旅行みたいだなぁと余計な雑念が頭をよぎったせいで、余計に二人きりだと意識してしまう。

 年齢=彼女なしの底力を舐めるなよ。



「ね、ねぇ。ここからの景色最高だよ?海も見てごらんよ」


「……いいよ」


 やっと口を開いてくれたと思ったら断られてしまうし……。どうしたもんかと頭を悩ませていたその時、勝手に襖を開いて乗り込んできた最上先生が、僕の腕を掴んでそっぽを向いていた海に挑発するように告げた。


「なぁにぃ~?まだ拗ねてるのぉ~?も~お子ちゃまなんだからぁ。機嫌直さないんだったら~真魚くんは連れてっちゃうからぁ」


「好きにしてくるといいさ」


「好きにって……」


 見向きもせずにそう答える海に、僕は少しショックを受けた。

 確かに僕が悪い部分もあったけど、そんなに邪険に扱われる筋合いはないと思う。

 半年以上一つ屋根の下で寝食を共にしているのだから、少しは解りあっていたと思っていたのは、僕だけなのだろうか――


「ほらぁん。意地っ張りなぁお子ちゃまなんてぇ放っておきましょう?」


「へ?あ、ちょっと!?」


 有無を言わさぬ力で僕は最上先生に拐われ、再び車に乗せられると今度は安全運転で(そうは言ってもだいぶ攻めてる)峠を走っていた。


「あの……最上先生」


「なにかしらぁ?」


「どうして海はあんなに先生のことを毛嫌いしてるんですか?なにか深い理由があるんじゃ……」


 聞いてみたかった質問を尋ねると、返答の代わりにギアを一速上げる。加速で背中がシートのなかに埋もれた。


「私ねぇ~こう見えてもぉ~昔はエリートだったのよぉ。日本と言う国のぉ~将来を憂いて~空海とは~よく語らったものよぉ」


「へぇ……そんなまともな時期が先生にもあったんですね」


「当たり前田のクラッカァーよぉ。だけどぉ……ある日を境に私達は~絶縁することになるのぉ」


「ああ……小さい男の子が好きだったんですよね」


「それはぁきっかけに過ぎないわよぉ。他にもぉ色々あったけどぉ~あれが一番怒らせちゃったのよねぇ……」


 そう話すと、車のスピードが少し落ち、何が二人の間にあったのか話始めた。


to be continued……

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