最終話 願いは叶う
「今日のオーディション頑張ってね!職場の皆も応援してるよ」
電話の向こうでは、ちょうどランチタイムであろう麦穂が、これからオーディションがある僕を勇気づけようと、わざわざ電話を掛けてきてくれた。
「うーん。人気のある役だからね。倍率は相当に高いしベテランに勝たないといけないから大変かな」
「大丈夫だよ。だってこの前の映画でまーくんの知名度が一気に急上昇したんだよ!監督も使わないはずないよ」
知名度なんて、まだまだレジェンドと比べるべくもないミジンコのような一声優だけど、麦穂にしてみたら僕の活躍はなんでも嬉しいらしい。
そんな彼女のことが、今ではとても愛しく思える。
麦穂は大学に進んでも陸上競技に打ち込み、社会人になっても実業団で活躍し、次のオリンピックを目指すと息巻いている。
彼女の夢は僕の夢でもあるから、なんとしてでも叶えてほしい。
長内さんは、親友の向日葵さんと共に専門学校に進み、卒業後もプロの漫画家を目指すべく日々奮闘している。
先日はウェブ漫画に作品が掲載されていて、僕も自分のことのように喜んでおめでとうと伝えた。
今でも交流はあるけど、どうやら近々彼氏と結婚するらしい。時が経つのは早いものだ。
ニルヴァーナのメグミとメンバー達は、あれからなんとハリウッドに進出し、日本発アイドルと、ハリウッド女優という異例の二足のわらじで世界を席巻していたけど、ある日を境に突如姿を消してしまった。
一応は引退という扱いになってはいるけど、たぶん本当の理由を知っているのは僕だけだと思う。
去年、メグミから教えて貰った。彼女達のような偉人が、どうしてこの世に甦ったのか、その理由を。
「私達はもう思い残すことないしね。近いうちに本来あるべき姿に戻ると思う。もう会うことはないでしょうけど、あんたも達者でやりなよ」
なんともあっさりな別れ方だったけど、彼女達が悔いなく生きれたなら何も文句はない。
きっとあの世で派手に歌い続けてるだろうし。
そういえば最澄だけど、今でも教師を続けているようだ。
本人曰く、「この世の燕を食べ尽くすまでは死ねない」らしい。なんとも欲が深い、破戒僧のような人だけど、実際は全国津々浦々を巡って困っている子供を助けているというのだから、違う意味で驚かされた。
その調子で世の中の助けになってくれたら僕も安心だ。
「ねぇ。そこの君」
僕のことだろうか――
そうそうナンパなんかされるようなイケメンではないのだけど、無視するのも失礼な話だし呼び掛けに反応して振り返ると、濡烏色の髪を結った、それはそれは美しい女性が僕に微笑みかけていた。
もし、僕に彼女がいなければ、きっと恋に落ちていたかもしれない女性。
「昔ね、君に言いそびれてことがあったんだ。私は、君が大好きだったんだよ」
「そうなんだ……嬉しいよ」
急に何を言い出すかと思えば、やれやれ。
表情にどのくらい表れていたか、わかならないけど、彼女の告白は心の底から嬉しかった。
彼女の本心がようやく聞けただけで、僕の僅かに欠けていたピースがピタリとはまった音が聞こえた。
僕の薬指に光る指輪に臆することなく伝えてくたた彼女に、僕も自信を持って答えるとしよう。
「僕も、君のことが好きだったよ」
「そうか。それなら悔いはないよ」
答えに満足したのか、踵を返した彼女は、あの日のような凛々しさを感じさせながら、軽い足取りで街の雑踏のなかに消えていった。
念願のヒロインがまさかの即身仏でした きょんきょん @kyosuke11920212
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